第31章 完璧な世界
――今、初めて君の顔を見た気がするよ。
「可哀想に、可哀想に、忘れ去られた僕ら。憐れまれない僕ら。」
「「――泉!」」
槙島と慎也の声が重なる。
泉は痛みを堪えながら顔を上げる。
「そこまでです。狡噛さん。動かないでください。」
静かな声で現れたのは朱だった。
槙島は一瞬の隙をついて、泉を抱えて逃げた。
それを慎也は目で追うが、再び朱の方に視線を戻した。
そして諦めたようにため息を吐けば、持っていたナイフを地面に落とす。
「槙島もすぐ側にいるぞ。」
「分かってます。あの男もすぐに捕まえます。」
「ここで俺にワッパを掛けて後はアンタ一人で槙島を追う気か?」
「――そこまで無謀じゃありませんよ、私。」
朱はそう言えば、慎也の側に寄る。
「セーフティは解除されたままで、パラライザーで固定されてます。今の貴方にも使えるはずです。手伝ってください。」
取引をしたドミネーターを、慎也に差し出しながら朱は言う。
「槙島はパラライザーで麻痺させるだけ。それ以上の事をしようとしたら私は貴方の足を撃ちます。」
「――驚いたね。タフになると思っちゃいたが、まだもう少し可愛げがあっても良かったと思うぜ。」
すっかりと雰囲気の変わった朱に、慎也は苦笑混じりに言った。
「――日向さんから電話がありました。恐らく二人がここを訪れる前の日に。」
「何?」
慎也は怪訝そうに眉根を寄せる。
「日向さんを助けてあげてください、狡噛さん。あの人はきっと槙島と一緒に死ぬ気です。」
「泉はアンタになんて?」
「私が狡噛さんを見つけたら問答無用でパラライザーを撃って保護しろと。――日向さん、きっとシビュラシステムと取引をしたんです。――私のように。」
「――何?」
意味深に呟いた朱に首を傾げるが、彼女はそれ以上何も言わなかった。
「急ぎましょう。あの人はこんなところで死んではいけない人です。」
「――あぁ。そうだな。」
慎也は頷けば、血の跡を辿った。