第1章 たかがバイト、されどバイト
ゴシゴシ…
ゴシゴシ…
「おかぁねぇのためぇいならええんやこるあぁ」
ゴシゴシ…
ゴシゴシ…
一人の女の子がこぶしを効かせて歌を歌いながら、トイレ掃除をしている。
グレーのつなぎ服に同じ色のキャップ。
肩口位の薄茶の髪をひっつめにして、瓶底のような眼鏡をかけたその子は必死に掃除をしている。
家庭用のトイレではなく、ちょっとした広さの会社のトイレ。
誰もいないそこでは、床を磨く音も歌もよく響く。
「といれぇにはぁそれはぁそれはぁきぃれいなぁ~フンフンフゥん…」
適当な歌を適当な加減で歌いながら、手早く丁寧に1箇所ずつを仕上げていく。
壁、床、便座、鏡…奥から終わらせて入口の扉の前に立って指差し確認。
「やり残し無し!」
仕上げに鏡の前にある一輪挿しの花を新しいものに生け変えて完了。
「我ながら今日も良い仕事♪でもなぁ…」
トイレを出て廊下やフロアを見回せば、人もまばら、静観な光景が広がるがらんどう。
最近出来たばかりのこのビルは、まだテナントも埋まらず空いている階もある。
私は清掃会社のバイトだから、このビルに雇われているわけではなく、時間や日替わりで契約している会社を訪問して仕事をする。