第23章 ・隠れていたもの
「思っていたのだが」
「はい。」
「お前は時折利き手でない方を使う癖があったな。」
「覚えておられましたか。」
「毎日どこかでやっているのを見ている。当然だ。」
「兄様のことなのでそこまで注意されていないと思っておりました。」
「何か感じるが今は置いておこう。ともあれその癖も利用する事も考えてよいように思う。」
「急に応用編を言われているような気がします。」
「出来そうにない事は言わない。」
「兄様。」
じっと見つめる文緒の目は輝いていた。
「兄様にそう言って頂けると励みになります。」
「そうか。」
この自分よりずっと小柄な義妹から自分に対する絶対的な信頼を感じる。こいつは来た時からこうだったと若利は思い返した。だから人を疑う事を知らぬ危うさも感じるのだ。
「再開するぞ。」
余計な思いは押し殺して若利は腰を浮かせる。文緒もはいっと返事をしてピョンと縁側から立ち上がったのだった。
結局文緒はその後さりげにテンションが上がった若利により結構しごかれた。
「死ぬかと思った。」
「死にはしない。それと死なせるつもりはない。」
「兄様、これはものの例えです。」
「そうか。」
「兄様がチームの方とどう会話されているのか心配になります。」
「特に問題はない。」
「大平さんも瀬見さんも白布さんもいらっしゃいますものね。」
「よくわからないがお前が心配する必要はない。」
「承知しました。いずれにせよありがとうございます、兄様。これで次の体育の授業はもう少しましになりそうです。」
「そうか。」
「これだけ兄様にしていただければ大抵の事は平気でしょう。」
「俺を何だと思っている。」
すると文緒はふと微笑んだ。
「最強であり自慢の私の兄様と思っておりますが。」
若利は初めて文緒の言葉に胸を貫かれた。それが何故なのかはわからない。しかしそれは若利を突き動かし、本能的に文緒の身体に手を伸ばして抱き寄せる。驚いた文緒がオロオロした調子で兄様と呟くが若利は聞き流した。