My important place【D.Gray-man】
第48章 フェイク・ラバー
「体を冷やし過ぎだろ」
「…大丈夫だよ。本当に熱はないから。自分の体のことくらい、わかる」
やんわりと否定しつつ顔を退く雪に、神田の眉間の皺が更に深くなる。
「わかってねぇだろ。だったらあんな騒ぎには───」
言い掛けた言葉は最後まで形を成さずに消えた。
ノアの暴走のことは、雪を責めてもどうにもならないことだ。
しかし、しまったと思った時にはもう遅かった。
「…ごめん…」
消え入りそうな声で謝罪する雪と、視線は合わない。
俯く彼女を前にして、出そうになった舌打ちを神田は呑み込んだ。
雪を責めたい訳ではない。
心身共に傷を負ったであろう、彼女を労りたいとさえ思うのに。
どこか心の隅で渦巻く不信感が、神田の不安を駆り立てる。
「…今の言葉は忘れろ」
ベッドの横に置かれた椅子に腰を下ろして、自分自身を落ち着かせるように神田は声を静めた。
言葉巧みなフォローの仕方などわからない。
しかし此処で放り出すこともしたくない。
明確な道を掴めず沈黙を続ける神田の目にふと止まったのは、部屋の小さな窓だった。
窓硝子の向こうには、市街地から離れている為か、煌めく星空が見える。
"暗い部屋から見る星空が苦手なこと。セカンドくんは知ってる?"
心の隅に巣食う不穏な影が、あの男の言葉を思い出させた。
「…苦手なのか」
「ぇ?」
ぽつりと唐突に投げ掛けられる。
意図しない問いに、雪は困惑気味に顔を上げた。
「暗い部屋から見る星空」
「ぁ、うん…?」
ぎこちないながらも頷く雪に、神田は窓へと顔を向けたまま押し黙る。
その目は雪を見ようとはせず、サイドの長髪を流した横顔からでは、表情は読み取り難い。
「昔、クロス元帥に話したことはあるけど…ユウに話したことあったっけ」
「話したのは元帥だけか」
「うん、多分」
「はっきりしねぇな」
「…酔った勢いとかで、ファインダーの皆に話してなければ……なんでそんなこと聞くの?」
単なる興味本位の問いと言うよりも、どことなく尋問に近い感覚がする。
不思議に思い問い返す雪に、神田は明白な返事をしなかった。