My important place【D.Gray-man】
第48章 フェイク・ラバー
窓の外は最後に気を失った時と同じに、真っ暗な夜空。
方舟ゲートで教団へと戻るのは、陽が昇ってからだとリナリーに伝えられた。
「…フォークス」
名を呼ばれ、ベッドボードの上で身を縮め寛いでいたフォークスが頭を擡げる。
ダンブルドアが避難場に選んだのは、リヴァプールから遠く離れた地でも頑丈な造りの建物でもなかった。
市街地から離れた、何処にでもある小さなホテル。
そこに強力な防衛呪文を張っている為、どんな要塞よりも確実性のある隠れ蓑と化している。
故にホテル内ならば自由に行き来して良いとも、リナリーに伝えられていた。
「シャワー、浴びて来てもいいかな」
言葉は通じるのか、と疑問に思いながら問い掛ける雪に、フォークスは頭部を揺らして応えた。
サァァァ…
「冷た…っ」
水栓を捻ればシャワーヘッドから出てくる冷水。
ぶるりと身を震わせながらも、雪は体を縮めて頭から水のシャワーを被った。
冷たい水で体を冷やせば、奥底に残っている疼きを落ち着かせられるだろうと考えた結果だ。
水に濡れてもどこにも痛みが走らないところ、本当に隅々まで怪我は完治しているようだ。
手足の調子を見つつ、雪は深い溜息をついた。
リナリーに伝えられた情報で思い出した記憶。
それはどれも断片的なものだった。
特に薬の効果が体を支配し、見世物のように競売で体を晒した時から感覚はぼやけて曖昧だった。
AKUMAに体を喰らわれようとしていた時に、誰かに競り落とされ難を逃れた。
それも束の間、与えられた快楽に更に体は溺れてしまった。
「っ…」
耐え切れない程に体が疼いて、僅かな熱では足りなくて。
もどかしさの中甘い声で誘われ、欲望のままに目の前の男を求めてしまった。
(…忘れろ)
その男が誰なのかはわからない。
しかしリナリーの報告通りなら、相手はノアということになる。
薬の所為とは言え、敵である男の言葉に惑わされ体を許してしまった。
唇を噛み締めて頭を振る。
曖昧な記憶から追い出すように。
(最後までやってないんだから。全部忘れろ)
最後の一線は越えられなかったことだけが、不幸中の幸いだと言い聞かせた。