My important place【D.Gray-man】
第47章 リヴァプールの婦人
「飢餓により婦人が子を殺し、鍋に焚べる。我が子にさえ手を掛けるあの顔には、様々な狂気が入り乱れている」
石の竈に掛けられた鉄の鍋の中から、赤子の足が突き出している。
人肉の、それも我が子を食らおうとしてる婦人の顔は何故か笑顔。
満面の笑みにも見えるそれは不自然さが隠せず、どこか狂気染みても見える。
じっと見ていると寒気を感じそうだ。
しかし絵画を見つめるリッチモンドの声は、うっとりと酔いしれるようなもの。
「見たまえ。婦人のあの瞳。あの唇。あの仕草。我が子の死が生への欲望に染まりゆく過程が、実に見事で美しい。一つの絵で三種の感情を表した、素晴らしい絵だろう?」
「……はぁ」
「ぅ、うん…まぁ」
「…見方によっては」
にっこりと、それこそ婦人のように満面の笑みを浮かべ問い掛けるリッチモンドに、トクサ、リナリー、雪は順番に頷いた。
その心境は恐らく三人の中で合致していただろう。
(この港一帯の貿易事業を牛耳る大物貴族とは聞いてたけど、変人だって噂も本当だったんだなぁ…)
芸術家も然り。
大物に独特の個性は付きものなのかもしれない。
「それで、この絵画が夜な夜な動き出すと噂の?」
内心溜息をつきながら、話を切り替えるように雪は表情筋を引き締めた。
問題は絵画の内容ではない、絵画そのものだ。
「ああ、らしいね。彼女の刃物を持つ手が変わっていたり、鍋に焚べた赤子の足が増えていたり。そういうものを見たという訪問客が、要らない噂を立てたんだ。私は一度だって見たことはないのに。全く迷惑な話だよ」
「一度もですか?」
「ああ、一度もだよ」
やれやれと肩を落とすリッチモンドの顔から、笑顔が消える。
「私が一番この絵と向き合ってきた。その私の目が信用ならないと言うのなら、この絵を一晩お貸ししたっていい」
「え」
「ほほう。やけに気前が良いですね」
「いや…別に借りはしなくたって…」
「何退け腰になってるんですか?まさか怖いなどと子供のような意見でも?」
「う」
ずばりトクサの細い目に見透かされ、雪の首裏に嫌な汗が浮かぶ。
ただでさえ不気味な絵をしているのに、更に夜中に動き出すという異枠付き。
できれば傍に置くことは回避したい。