My important place【D.Gray-man】
第47章 リヴァプールの婦人
「…本当?」
恐る恐る、埋めていた顔を離して問い掛けてくる。
雪の目はもう虚無を映してはいない。
目の前のティキをしかと認識している顔だ。
「叫んだり喚いたりしないから、傍にいてくれる?」
ティキだとわかっていながら求めている姿。
それを目の前にして、拒否することなどできようか。
「見せてくんねぇの?そりゃ残念」
雪の雰囲気に対して、軽い調子で笑うティキは普段と何も変わらない。
雪の知っている彼そのものだった。
「俺は見てみたかったけどなー。雪が喚くとこ」
「…本当、ティキって変な人だよね」
何も変わらないその姿こそ、ラビとは異なるもの。
変わらないティキに、自然と肩の力が抜ける。
毒気が抜けたかのように、くすりと雪の口元に笑みが浮かんだ。
「そ?」
「うん」
くすくすと笑みを零す雪の姿は、もうどこも汚れてはいなかった。
夥しい程の触手を伸ばしていた混沌の沼も見当たらない。
何がきっかけだったのかティキにはわからず終いだったが、一つだけわかっていることがある。
雪はティキを求めて気を静めた。
混沌の思いに囲まれようとも、他人にかける心は在るということだ。
「雪の方がよっぽど、だけどな」
「え?何が?」
「いや?」
「何か言ったでしょ、今」
「単なる独り言」
地平線の見えない、澄み切った空気が広がる世界。
この場と同じように、雪の心はティキが想像するより遥かに奥深い。
だからこそ興味は尽きないし、もっと彼女のことを知りたくなる。
「言いたくないならいいけど…それじゃあ、もう一つお願い聞いてくれる?」
「俺にできることなら、なんなりと」
「ティキの家族の話、聞かせて」
「また?好きだね、それ」
「うん」
一歩一歩、見えない階段を降りるようにティキの足が下っていく。
何もない無の地を踏むと、さくりと心地良い足音が一つ。
抱いていた雪を下ろせば、彼女が足を着けた場所から広がっていく青々とした草原。
ワイズリーの意図的な仕込みではないだろう。
世界が明るく変わるのは、雪が心が変化した証だ。