My important place【D.Gray-man】
第47章 リヴァプールの婦人
「しんどいことなんて誰しも抱えてるもんだ。だからって気に止めるなとは言わない」
どす黒い無数の手がティキの足に絡み付いた。
タールのような液体を撒き散らしながら、次々と足首から呑み込んでいく。
「辛けりゃ泣き叫んだって、苦しけりゃ喚き散らしたっていい」
纏わり付く触手はティキの下半身を埋め尽くすと、雪の体にも手を伸ばした。
じわじわと体を蝕んでいく負の思い。
それは雪の肌へと染み込み心を塗り潰そうとしていく。
「この世界は雪のもんだ。雪の自由にしていい」
しかし雪の目は、目の前のティキしか映し出していなかった。
諦めたように自身の体を見下ろして、溜息一つ。
胸へと伸びた真黒な手を払うことなく、ティキは眉尻を下げて笑った。
「落ちる時はとことん落ちてもいいさ。付き合う覚悟くらいなきゃ、此処には来ねぇよ」
その顔にべたりと張り付く混沌の手。
息を呑んだ雪の手が、ぴくりと震えた。
今まで動かなかった体が動く。
目の前の闇へと呑まれるティキへと両手を伸ばす。
真黒に染まった雪の腕がティキの首へと回された。
強く抱き込む。
衝動は一瞬だった。
パンッと何かが弾ける音がして、二人を呑み込もうとしていた闇が崩れ落ちた。
さらさらと砂のような粒と化して、重力に従うように落ちていく。
形を保たず消えていく粒達は、僅かに反射し煌めきながら消え去った。
残されたのは宙に佇む二人のみ。
「……ティキって、さ」
「ん?」
「…やっぱり、変な人…」
「はは。それ言われんの二度目かなー」
肩へと顔を埋めて抱き付く体を褐色の腕が優しく抱える。
彼女の身に纏っているワンピースは真っさらな白色へと戻っていた。
「言っておくけど、悪口じゃないからね」
「それも二度目だ」
「…褒めてるの」
それは二度目ではない、初めて雪がティキへと向けた賞賛だった。
ぽそりぽそりと肩に顔を埋めたまま、小さな声で伝えてくる。
その声が一層儚さを増して。
「傍にいて」
束縛が僅かに強くなる。
まるで泣き縋るような姿に、ティキは静かに微笑んだ。
「ずっといる。雪が目覚めるまで、ずっとな」