My important place【D.Gray-man】
第47章 リヴァプールの婦人
エクソシストである父のことは一握りの人間しか知らなかったことだが、サポーターである母のことは細やかながら教団内で有名だった。
雪が何かを成し遂げると、流石は母の子だと褒め称えられた。
ファインダー仲間にも、気を許していたエクソシストのラビにも、科学班や警護班の者達にも投げ掛けられたことがある。
自分のことを見ているようで見られていない、雪にとっては嬉しくもない褒め言葉だ。
「…いま、」
「!」
「なんて…?」
今の今まで反応を示さなかった雪が、ティキの腕の中で顔を上げる。
何も写していなかった瞳が、恐る恐るとティキを映し出した。
「何って、雪の親父さんのことだよ」
片手は目の前の壁に翳したまま、今にも破られようとしている光景に焦る様子もなく、ティキは笑いかけた。
「雪の親なら注目置くのも納得もするなって、そう思っただけ」
「………」
幾度も投げ掛けられた言葉だった。
幾度も向けられた賞賛。
(…違う)
否。
(これは、違う)
それは今まで一度も向けられなかったものだった。
親の子だと褒めるのではなく、子の親だと讃えるティキの言葉は聞いた憶えがない。
親を通して雪を見るのではなく、雪を通して親を認める。
そんな言葉は、今まで投げ掛けられたことがなかった。
息のし易い空気感や、砕けた態度。
ラビと似通っていると思っていた彼の、ラビとは全く異なる所。
(違う。だって、ラビじゃない)
彼は赤毛のエクソシストではない。
時折ラビから感じていた、見透かされるような鋭い観察眼。
そんなものを彼から感じることはなかった。
───ビキッ
壁の亀裂が一層深くなったかと思えば、何かが壊れるような嫌な音を立てた。
限界だと悟ったティキが雪から蠢く闇へと視線を変える。
同時に一斉に硝子が割れるようにして、壁は粉々に砕け散った。
「こんだけでかいもんを抱えるくらい、親父さんへの思いがあったんだろ」
諦めたように、翳していたティキの片腕が下がる。
しかしその口元の笑みが消えることはなかった。