My important place【D.Gray-man】
第47章 リヴァプールの婦人
「…よくそんなことサラッと言えるね…」
しかし頬は赤いものの目線を逸らし返す雪の言葉は、つれないもの。
「そっちこそ。相変わらず可愛げないねー」
礼など求めている訳ではないが、こうも予想と違う反応をしてくる異性はティキには珍しいものだった。
だからこそ口元に添えた笑みも深くなる。
「いいよ別に。可愛げなくたって」
「可愛くないとは言ったけど、嫌いだとは言ってねぇよ」
「何、それ───」
逸らされていた雪の目が、興味を持って向く。
その一瞬を逃さないようにと、ティキは距離を詰めた。
互いに泥の中に浸かってはいるが、前屈みになれば簡単に触れられる距離。
すぐ目の前まで迫るティキの金色の瞳が、雪の両の眼を捉える。
「俺好みだから問題なし」
「っ…」
「あ。照れた?今照れたっしょ」
「照れてなんか…っというか近い!普通に会話する距離じゃない!」
「そういうところは可愛げあるよな、雪ちゃん」
「っだから、照れて、ないからッちゃん呼びすな!」
「はっはっはっ」
「また!聞いてないな!」
きゃんきゃんと子犬のように喚く雪を笑顔であしらいながらも、ティキの目は周りの世界を悉に観察していた。
まるで死後の世界のようにも見えた、蓮の花々が彩る世界。
そんな場所など最初から無かったかのように、辺りには花弁一つ残されていない。
伸し掛かるような重圧のあった泥水が、段々と液状化を増し動きの制限も少なくなってくる。
墨で塗り潰したような闇だった世界が、ほんのりと視界でわかる暗さへと変わる。
それだけ雪の心があの呪縛のような世界から離れている証拠だ。
「ん、良い感じ」
「? 何、急に」
「いや?雪、今の気分は?」
「…目の前の浅黒泥塗れオニーサンへの蟠りがふつふつと」
「ん、良い感じ良い感じ」
「うわ…凄く悪意が伝わってない…」
何度も足を運べば、眩い世界が消える時間も速まっていく。
少しずつではあるが、それだけ雪の心が切り替えられているということ。
ワイズリーの言っていた"刷り込み"とはこんなものかと、微々たるが確かな結果にティキは感心気味に頷いた。
なんとも悪役らしい、嫌味なやり口だろうか。