• テキストサイズ

My important place【D.Gray-man】

第47章 リヴァプールの婦人



「そんな大して待ってないよ」




泥水の上に立っている摩訶不思議な現象を前にしても、雪は驚いた素振りを見せなかった。
目の前のティキの存在を当然のように受け入れながら、泥の水面へと視線を落とす。




「…来てくれたんだし」




少し視線を伏せがちに紡がれた言葉は、羞恥の入り混じるもの。
そんな照れを見せる雪の姿に更に笑みを深めると、ティキは手にしていた煙草を暗闇へと放った。




「じゃ、折角だし。俺も」

「え?───わぁ!?」




何が"俺も"なのかと顔を上げた雪の視界に、ふと大きな影がかかる。
ふわりと軽い身のこなしで、両手はポケットに入れたまま跳んだティキの身は、どぼんっと勢いよく雪の目の前で泥水の中に沈んだ。
途端に泥飛沫が一斉に雪へと降りかかる。




「ち、ちょっと…!なんでわざわざ汚れる必要…!」

「あっは、すげー顔。一気に泥人間になったな」

「誰の所為!?」

「はっはっはっ」

「聞いてないな!」




同じく顔や体を泥塗れにして座り込んだまま、心底愉快そうに笑うティキは聞く耳なし。




「…っ」




そうやって、彼があまりにも愉快そうに笑うから。
眉間に皺を刻んでいた雪もやがて、表情を崩した。




「───ぷ、」




緩んだ口元から零れたのは、ティキにつられた笑い声。




「はは、は…っもう、子供じゃないんだからっ」




悪態のような言葉を吐きながらも、声色は柔らかく笑みが混じる。
頬に付着した泥を拭いながら笑顔が伝染する雪に、ティキは目を細めた。




「それ、いいな」

「?」

「その顔。初めて見た」




眉を八の字に寄せて、しかし表情を形作っているのは柔らかな笑み。
困り顔ながらも可笑しそうに笑う雪の表情は、ティキが初めて見るものだった。

また一つ、彼女の知らなかった一面を見られたのかと思うと心は躍る。




「いいって、泥人間の顔が?」




笑いつつ皮肉を込めた雪の顔に、ティキの手が伸びる。




「ああ。汚れてたって綺麗だよ」




長い褐色の指先が、肌に付着した残りの泥を拭う。
拭われ見えた頬が、ほんのりと色付いた。

/ 2655ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp