My important place【D.Gray-man】
第47章 リヴァプールの婦人
どんなに外見を美しく形作ろうとも、所詮それはただの外観。
AKUMAで言うならば被った人の皮そのものだ。
眩い光も、鮮やかな花々も、透き通る水場も、そして微笑ましい恋人同士の姿も。
所詮は外から見た情報であって、それ以上でも以下でもない。
それよりも目の前で脚を折り無言で痛みを抱える、泥に塗れた彼女の方がずっと興味を惹かれる。
その心に抱えているものに触れたいと。
───パシャン
彼女の沈んだ心と化した泥水の上を、ティキは一歩踏み出した。
水音は雪の耳にも届いたのだろう。
今まで眩い世界しか見ていなかった彼女が、初めてティキに反応を示した。
「あーあ」
その些細だが確かな変化に、つい口の端が上がる。
手を伸ばしても彼らは掴めないのだ。
雪の心の安息は、神田ユウの下にはない。
「そんな所に座り込んでたら、全身泥塗れ決定だな」
比べて自分はこの目に雪だけを映し、こうして声を掛けてやることができる。
現実では未だ触れられてもいないが、この夢路の世界ならば誰も介入することはできない。
創造主であるワイズリーを除けば、この世界には雪とティキの二人だけだ。
笑みを含めた声で呼び掛ければ、泥沼に蹲っていた雪がゆっくりと振り返る。
虚ろだった両目はティキを映すと、はたりと止めた。
驚きは刹那の瞬き。
その眼孔にティキを映し出した時に、もう全ては終えていた。
唇を噛み締めていたはずの雪の口元が弧を描く。
ティキに向けた最初の感情は、郷愁だった。
全てを終えた目は当然のようにティキを認識し微笑む。
「遅いよ、ティキ」
投げ掛けられたのは、その心へと入り込むことを許された言葉。
嗚呼、と。
溜息さえ漏れそうな笑いを呑み込んで、ティキは更に一歩踏み出した。
パシャリパシャリと泥水の床を進み、雪の下へと辿り着く。
もう雪の目は消え去る光を捉えていない。
自分だけを映し見上げる彼女を前に、ティキは咥えていた煙草を手に取ると優しく笑い掛けた。
「悪い、待った?」
それはまるで、恋人同士の逢瀬。