My important place【D.Gray-man】
第47章 リヴァプールの婦人
「…っ」
背を向けていた雪が、不意に自身の耳を両手で塞ぎ振り返る。
ティキの目に映った久しぶり見た彼女の顔は、歪に歪んでいた。
目の前の光景を否定するかのように、強く目を瞑り顔を背ける。
雪が今の今まで見ていた先を目で追えば、ティキの予想通りのものが其処にはあった。
恋人同士の男女が二人。
仲睦まじく幸せそうに笑い合っている姿は、誰が見ても微笑ましいものだ。
(つまんない光景だな、いつ見ても)
しかしティキには違った。
白けた顔で、興味ないとばかりに取り出した煙草の箱を口元へと運ぶ。
シェリルには切らしたと言っていた煙草は、まだ数本程度なら残っている。
トンと指先で箱の口を叩いて覗いた煙草を咥えると、ライターで火を灯す。
「?」
その最中、雪に近付き足元で波紋を広げていた透き通るような水場が、どろりと変化したのを視界に捉えた。
どろりどろりと、透き通る水中が瞬く間に濁っていく。
泥沼のように化した其処は、最早目を奪われるような美しい景色ではなかった。
「待っ───て…」
縋るように伸ばした雪の手は何も掴めない。
眩い光と美しさだけを持ち去り消えていく恋人達に、独り残される。
「………っ」
音無き涙のようだった。
伸ばした掌で拳を作り、泥水の中に蹲り息を詰める彼女の姿は。
関心のない表情をしていたティキの目に、感情が宿る。
嫌悪感。
それの混じる目で見るは、雪越しの彼女が焦がれる世界だ。
この世界はワイズリーが魔眼の能力で創り出しているものだが、大本は彼女の心からできている。
このドス黒い濁った水も、光だけを持ち去る景色も、雪の心が感じ得た先で生み出されたものだ。
(半ば現実なんだって、そう言ってたっけ?)
初めてワイズリーにこの"夢路"へと連れられた時、さらりと聞いた説明を思い出しながら苦い葉を噛み締める。
自分達ノア側の都合の良いように造られてはいるが、この記憶は確かなものだとワイズリーは言っていた。
神田ユウという男が切に恋焦がれる女性がいることも、眩い水場の蓮華の群も。
(ま、俺には趣味の悪い死後の世界みたく見えるけど)
一件美しく見える追憶の世界は、ティキには興味のないものだった。