My important place【D.Gray-man】
第44章 水魚の詩(うた)
言いたいことは言え。
その意を込めて沈黙を作れば、箸を止めた手で拳を握り、雪は迷うように口を開いた。
「なんで…数珠、持っていったの…?」
「其処に置いてあったから」
「んな」
嘘はついていない。
其処にあったから、持って行っただけ。
きっぱりと言い切る神田に、予想外だったのか雪の顔が驚きの反応を示す。
「其処らに放ってりゃ、知らないうちに持ってかれても文句言えねぇだろ」
「…それは…」
預かっている身だからこそ、何も言えないのだろう。
自己主張をしようとしない雪に、零れそうになる溜息を神田は呑み込んだ。
不安なのはお互い様だ。
外した数珠を、また身に付けようとしているのか。
勝手に押し付けた"枷"を、また背負おうとしてくれているのか。
その明確な答えが欲しくて、ぶっきらぼうにでも神田は投げかけた。
「持ってかれたくなけりゃ、ちゃんと傍に置いてろ」
神田自身、我ながら雑な催促だと思った。
しかしそんな雑さでも雪には伝わったらしい。
ぱっと顔を上げたかと思えば、席を外して慌てて寄ってくる。
「うん…っ」
神田の元に寄り、両手を差し出す様に躊躇などない。
枷を背負うことに戸惑いのない姿に、驚いたのは神田の方だった。
否、少なからずその予想はしていた。
しかし不覚にも、素直な喜びを表現する雪に愛らしさを感じてしまって。
「……ほら、」
堪らずそっぽを向いて、差し出された掌に数珠を乗せる。
そんな神田の変化に気付くことなく、雪はほっとした様子で受け取った数珠を握り締めた。
(よかった…取り上げられたんじゃなかったんだ)
返せなんて言わない、と以前聞かされた神田の言葉はやはり本心だったらしい。