My important place【D.Gray-man】
第44章 水魚の詩(うた)
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「…ぅ…」
微かな呻き声。
後ろ手を縛っていたベルトを外す手がぴたりと止まる。
しかし男の呻き声は一瞬のもので、再び動かなくなる姿に神田はほっと微かに息をついた。
「もう少しだけ寝てろ。長居はしねぇよ」
夜中というよりも朝方に近付きつつある時間帯。
此処にいられる時間も後僅かだろう。
自らの手で気絶させた警護班の男達を拘束していたベルトを全て外して、再び戻ってきた独房の扉を前にする。
分厚い扉の向こう側には、変わらない気配が一つ。
鍵を開けて扉を開くと、ゴーレムはしまい込んだ為か再び中は暗い空間と化していた。
「…え……ユウ…?」
「なんだその顔」
中では身構えるようにしてベッドの前に立っていた雪が、驚いた顔で神田を凝視していた。
まるで最初にこの独房へと足を踏み入れた時と同じ反応に、一瞬デジャヴを感じてしまう。
「なんで…え?出ていったんじゃ…」
「飯を取りに行ってただけだ」
「飯?…ってそれ?」
扉を閉めれば忽ちに闇のような暗さとなる。
持っていたトレイを机に置いて燭台に配置された蝋燭に火を灯せば、まだ驚きを隠せない様子で雪が歩み寄った。
「でももう朝じゃ…此処にいて大丈夫なの?私はもう、大丈夫、だから…早く行った方が…」
「………」
不安げな表情。
その口から出る言葉も、神田を按じているもの。
無言で向き合った神田の目は、そんな雪の顔から手元に移る。
服の裾を握ってくる、その手に。
(…言葉と行動が伴ってねぇよ)
口は出て行けと言うのに、手は引き止めてくる。
本音はきっと、その手の方。
(傍にいて欲しいならそう言え)
そうは思うものの、立場上今の雪はそんなこと口にしないだろう。
無言のまま、神田は僅かに眉を寄せた。