My important place【D.Gray-man】
第44章 水魚の詩(うた)
「あら、そうなの?」
「そうだっ」
「フーン………お酒、少しは役に立ったかしら?」
「は?」
「一人晩酌した後は、アンタいっつも鬱々した顔してたのに。今日は随分と違うみたいだから。…誰かと酌でも交えてみた?」
「………」
ジェリーの言うことは、大方的を得ていた。
結果的に雪への一歩を踏み出せたのは、ティエドール元帥のお陰だ。
あそこで元帥と酒を交えていなかったから、こうも上手くはいかなかったかもしれない。
的を得ていたから、素直に肯定できなくて。
黙り込む俺の沈黙が望んでいた返事だと見たのか、ジェリーは勝手に一人で満足そうに笑っていた。
「言ったでしょ?楽しんでお酒を飲むのも良いものだって」
「……そんな言い方はしてない」
「あらん?そうだったかしら」
別に楽しんで飲んじゃいない。
だが、確かにジェリーの言う通りかもしれないとも思った。
悔しいが、一人で考え込んだままじゃ進まなかった足。
一人酒をしようと思ったのも、その途中で元帥に会ったのも、兎が俺を見つけたのも、全部偶然かもしれないが。
それでもどれか一つでも欠けていたら、この結果は実現しなかったかもしれない。
「お待たせしました!」
そんなジェリーとの空気を断ち切ったのは、張り切った明るい声。
カウンターから身を乗り出した男が、湯気の立つ料理のトレイを差し出してくる。
ほこほこと湯気の立つ色合い鮮やかな粥に、野菜でごった返している味噌汁と煮物。
「ささみと水菜の卵粥です。お味噌汁の具は柔らかくしてるから、食べ易いですよ。こっちはカブのあんかけ煮」
「……雪ちゃん、具合でも悪いの?」
メニューを見て一目で事態を把握できるジェリーには、流石に感心した。
料理長の名は伊達じゃないってことか。
「少し食が細くなってるだけだ」
「え?また?」
受け取ったトレイに足早にその場を去ろうとすれば、引っ掛かるジェリーの言葉に足が止まる。
…そういや俺らがガキの頃から知ってるって言ってたな。
となると、雪の昔も知ってるのか。
俺の知らない、教団に来たばかりのあいつのこと。