My important place【D.Gray-man】
第44章 水魚の詩(うた)
「………」
静寂。
耳を澄ませば、すぅすぅと小さな寝息と、洗面所の蛇口から滴り落ちる水滴の音が届く。
ベッドに腰掛けたまま、俺の膝に頭を乗せて眠る雪をじっと見つめる。
体を丸めて擦り寄り眠る姿は、よく見ていた雪の寝相の癖だ。
だが下着しか身に付けていない体は、よくは知らなかった雪の半裸。
俺の血で怪我は治ったものの、健康面まで補助してくれる訳じゃない。
少し浮いたあばらや細い手足。
改めて見ると、一目で不健康な体だとわかる。
…やっぱりまともに食ってねぇのか。
栄養の足りてない体で散々啼かせた所為か、あっという間に雪は眠りに落ちた。
深い寝息はそれだけ意識が落ちている証拠。
恐らく、すぐには起きないだろう。
改めて独房の中をしっかりと観察してみる。
照明代わりになっているゴーレムがいる机を見れば、其処には料理のトレイ。
すぐ横には小さな赤いリボンと───
ぴたりと目が止まる。
薬袋の側。
其処に置かれていたのは、見覚えのある数珠だった。
…そういや。
両腕の錠の主張が強くて気付けなかったが、雪は手首にいつものそれを身に付けていなかった気がする。
少し考え込んだ後、起こさないよう様子を伺いながらそっと雪の頭の下から膝を抜く。
体に薄い布団を掛けさせて机に歩み寄れば、やはりそれは俺の数珠だった。
雪に預けてから、今まで数珠を外していた所なんて見たことがない。
そもそも囚人だからって、ただの数珠を身に付けちゃいけないなんて規則はないだろ。
…多分。
てことは、自分で外したのか。
「………」
数珠を手に取る。
その後方には一口も手を付けていない様子の、パサパサに乾いた料理が見える。
なんでも食う雪は雑食で、好き嫌いなんてしなかった。
不味い料理だって残さず平らげていた奴だ。
そんな雪が何も喉に通さない程、追い詰められていた様が目に伝わってくるようで。
気付けば手の中の数珠を、強く握り締めていた。