My important place【D.Gray-man】
第44章 水魚の詩(うた)
マリだってそうだった。
9年前、初めてマリにアジア研究所の地下の実験室で出会った時、気丈なフリしてでかい図体を微かに震わせていた。
"アンタ、落ち着いてんだな"
"エクソシストの人造化のことか?全然…怒りで気が変になりそうだ"
今よりもっと自嘲的な薄い笑顔を浮かべて、"それでも"とマリは首を振ったんだ。
"それでも、なんとか正気でいるのは…君の…お陰かな"
瀕死の傷を負った体を、勝手に実験の材料にされて。
それでも俺みたいに怒りを露わにすることなく、マリは笑っていた。
"君が傍にいてくれてるからだよ"
そう、俺に向かって。
"独りだったら、どうなってたかわからない"
あの時、あのマリの言葉で気付いたんだ。
暗く冷たい研究所の地下で、無意識のうちに俺がアルマに救われていたこと。
怒鳴り散らして喧嘩吹っ掛けて邪険に扱っていたのに、そんな俺の傍に根気強くいてくれたのはアルマの方だった。
俺が身勝手できていたのは、俺らしくいられたのは、アルマのお陰だ。
アルマが傍にいてくれたから、"寂しい"だとか"独り"だとか思うことなんて一度もなかった。
うざったいと思うくらいに当たり前に傍に感じていた存在。
だけどアルマの存在は"当たり前"なんかじゃなかったんだ。
俺にとって、大切なものだった。
「………」
「…ユウ…?」
ゆっくりと傷跡から唇を離して、ベッドに沈んだままの雪を見下ろす。
気恥ずかしそうに見上げてくる。
傷だらけの肌を露わにした雪を見て、胸が締め付けられた。
俺には傍にアルマがいた。
マリだって俺の存在が救いだと言っていた。
…なら雪は?
恐らく適性実験を受けたのは、俺と出会う前。
となると年齢も幼い頃になる。
そんなガキの時に、体に傷を残すような実験や検査を受けながら、雪が負った黒い感情。
そこに寄り添ってくれる存在はいたのか。