My important place【D.Gray-man】
第44章 水魚の詩(うた)
「こっちは」
「えっと…それは───……」
続けて別の傷跡を指し示せば、目で追いながら説明しようとした雪の動きが、不意に止まった。
…?
なんだ。
俺が問いかけたのは、細い二の腕の裏側に刻まれた傷。
刃物か何か、鋭いもんで切られた跡だろう。
薄ら直線に刻まれている微かな傷跡だった。
AKUMAにやられたのか、傷跡を目にした雪の暗い目が一瞬濁るのを見逃さなかった。
「………」
「…昔…適性実験中に受けてた、検査の跡だよ」
目で捉えてじっと見据える。
雪の言葉を待つように沈黙を作れば、やがて濁った目は俺から逸らされた。
ぽつり。
静寂に落ちてくる感情のない雪の声。
いつもそうだ。
雪が自分の過去のことを話す時は、いつも感情のない声で話す。
思い出すように、振り返るように話すこともあったが、感情的に言葉にしたことはない。
今まで聞いた雪の過去で、楽しそうな思い出話なんて一つもなかった。
それでも悲しみを背負うようにも、気丈に振る舞うようにも、そんな姿で話すことは一度もしなかった。
元からそんな感情、抱いていないからかもしれないが…多分、余計な感情を入れ込まないようにもしていたんだと思う。
弱い自分を、早々に見せようとしない奴だから。
「………」
「っユウ?」
返事はせずに行動だけで示した。
雪の腕を持ち上げて、二の腕の裏に刻まれた傷跡を眼下に晒す。
胸の火傷跡と同じように、そこに顔を寄せて唇だけで静かに触れた。
イノセンス適性実験。
俺の受けたそれが雪と全く同じもんかと言えば、恐らく違う。
大体俺やアルマと同じ実験を第二使徒でもない雪が受けてたら、とっくの昔に死んでる。
ただ、だからって雪の受けてきた過去の産物が、俺より軽いもんだなんて思わない。