My important place【D.Gray-man】
第44章 水魚の詩(うた)
「何、それ。…まぁ……いいけど」
少し唇を尖らせて、でも不快ではない顔で雪が照れたようにぽそりと零す。
「そのノアの話、コムイにも伝えろよ」
「うん」
握っていた雪の手を、ゆっくりと放す。
大丈夫。
もう触れていなくても、心は充分に満たされていたから。
「でも…その前に、怒られないかな…」
だが俺の心とは裏腹に、さっきまで浮かべていた素の笑顔を消したかと思えば、雪は不安そうに呟いた。
「大丈夫だろ」
なんのことかは、聞かずともわかった。
雪が心配してんのは、俺が勝手に此処に会いに来たことへの教団側の対応だろうな。
「……どこから来るの、その自信は」
「…世話になった人がいるからな」
「え?」
まじまじと見てくる雪の視線から外すように顔を背けて、一言。
小さな声でぼやけば雪の耳には詳細は伝わらなかったらしい。
だがわざわざ説明する気もないから、それ以上は口を噤んだ。
…多分、大丈夫だろ。
普段は父親面してうざい絡みをしてくる人だが、腐っても元帥。
あの人の実力は昔から間近で見てきたから知ってる。
周りから寄せられてる大きな信頼も。
あの人は俺に比べりゃ、人望の分厚い人だ。
コムイだってあの人の言葉なら、耳を傾けるだろう。
言い聞かせるように考えていれば、ふと目の前の気配が僅かに騒ぎ立つのを感じた。
何かと目を向ければ、囚人服の襟に指を掛けて中を覗き込む雪の姿が───…って。
「何してんだ」
「ッ」
問いかければ、わかり易い動作でパッと手を離した。
…何やってんだこいつ。
「な、何がっ?」
「それは俺の台詞だ。何挙動不審になってんだよ」
なんだその引き攣った笑顔。
わかり易い挙動不審具合だな。
「いや…ぁ、ありがとう、ね。ユウのお陰で火傷と皸、治ったみたいで」
「話を逸らすな」
「………」
なんだ、まだ何か体で気になることでもあんのかよ。
現状が現状なだけに見て見ぬフリはできない。
またここで大事なことを見逃してしまったら、俺は絶対に後悔する。
だから笑顔で逃げようとする雪の道を早々と断ち切った。