My important place【D.Gray-man】
第44章 水魚の詩(うた)
"あの時、気付けていたら"
そう後悔の念に苛まれていた心が晴れていく。
「こうして今は檻の中にいる身だけど…こうして、大切にしたい人が傍にいて。こうして、また笑えてるなら。…まだ私は、前を向いていられる」
雪のたった一つの笑顔と、裏のない言葉だけで。
どんよりと心を覆っていた分厚い雨雲のような腐蝕を、一掃していく。
「……お前って、」
嗚呼、本当に。
「やっぱり馬鹿だ」
凄ぇな。
「馬鹿なくらい真っ直ぐで、まっさらで。到底真似できそうにねぇよ」
抱き締めるように胸元で俺の手を包んでいた雪の手を、逆に握り返した。
愛に飢えて求めた教団で、待っていたのはその体を利用するだけの実験。
それでも家族の死を受け入れて教団で立ち続けて、俺のお陰で進むことができたと雪は言った。
こうして教団に鎖に繋がれる身に陥っても尚、更に前を向こうとしている。
他人色に染まることのない、まっさらな想いを抱いて、俺との未来を願ってくれている。
真っ直ぐに生きることを貫こうとしている。
…綺麗だと思った。
上手く言葉で表せない。
でも確かに綺麗だと思ったんだ。
パリ警察署の独房で、自分自身の思いを語った雪。
その時こいつは、自分の想いは綺麗なもんじゃないと卑下していた。
あの時の俺も、別にそれを否定する気はなかった。
けれど今確かに、その真っ直ぐでまっさらな想いが、とてつもなく綺麗なもんに見えたんだ。
俺にはきっと到底抱けない。
俺には到底持てないもんだ。
「…それって、貶してるの?」
少し不安げに問いかけてくる雪に、自然と口元は緩んでいた。
「違ぇよ。馬鹿」
手放しに褒めんのは、なんか違う気がするけど。
でも純粋に凄いと思った。
エクソシストもノアも第二使徒も人間も関係なく、俺なんかじゃ到底こいつには敵わない気がした。