My important place【D.Gray-man】
第44章 水魚の詩(うた)
「ただ親の迎えを待つばかりで、小母さんの所でずるずる縋り続けて。…やっと自分から教団に足を向けても、周りの大人達の言うことに振り回されて…疑問はあったのに、イノセンスの適性実験を受け入れて、従い続けた」
"イノセンスの適性実験"
はっきりと雪の口から発せられた名に、意識が向く。
俺やアルマと同じもんを経験していたからじゃない。
ゾンビ事件で初めて俺にそのことを伝えた時、雪ははっきりとその名を口にはしなかった。
言葉を濁して、誤魔化した。
それを今度は迷いなく形にしたからだ。
「そこで父のイノセンスをこの手で壊して…また、大事なものを失って。縋りたいものさえ、何もなくなった」
感情の起伏は見えない。
だがここまで心の奥底を伝えてくる雪を、俺はきっと初めて見た。
「一人途方に暮れていた私に…両親の情報をくれて、実験室から解放してくれたのは、クロス元帥だった。生きろって、私に言ってくれた」
クロス・マリアン。
雪は幼い頃、あの元帥に一時的に保護されて世話されていたことがあったらしい。
そんなことをティエドール元帥が昔にぼやいていたのを、一度聞いたことがある。
その頃にはもう同じ教団内にはいたんだろうが、俺はその頃の雪を知らない。
コムイやジジ達だけが知っている雪だ。
俺が雪という人間を認識したのは、恐らくその後のこと。
「…そうして私は…いつも、何かに頼ってばかり。だから、手を伸ばすのをやめたの。情けない自分が嫌で。求めても辛いだけなら、もう、そんな思い…したくないから」
淡々と紡いでいた言葉が、一瞬途切れる。
「───…でもね、」
微動だにしなかった雪の体が、初めて動いた。
「後ろに逃げることはなくなったけど…前に進むこともできなくて」
雪の声しか存在していなかった無音の独房に、鎖の擦れる音が加わる。
錠の嵌められた両手を伸ばして、雪が触れたもの。
「立ち往生で動けないままだった私を、押してくれたのは……ユウだったんだよ」
それは雪に触れられずに、半端に差し出していた俺の掌だった。