My important place【D.Gray-man】
第44章 水魚の詩(うた)
「昔も、あったの…こういうこと。暫くしたら、そのうち通るようになると思うから」
「そのうちって、どれくらいだよ」
「え。っと…どれくらい、だろう。でも前はジェリーさんの料理食べてたら、そのうち自然に治ってたから…」
昔っていつだ。前ってどの時だよ。
俺は知らない。
そんな雪、見たことない。
昔は任務時でしか雪と関わらなかったから、プライベートなことは何も知らなかった。
それでも任務時は食料の大切さを口煩く俺に説教してきたこともあるし、こいつ自身多少不衛生そうなものだって平気で口にしていた。
雪との距離が縮まって、ガキの頃に野生児みたいな食生活をしていたことを知って、今までの食に対するこいつの態度にも妙に納得した。
だからこそ吐く程に受け付けられなくなったことがあるなんて、俄(にわか)には信じられなかった。
俺の知らない、昔の雪の一面。
「──だから大丈夫だよ。そのうちに、きっと治る」
…そのうちっていつだよ。
そう思いはしたものの、本人だって明確なことはわからないだろう。
問い質すのはやめた。
「……」
「…?」
じっと包帯だらけの姿を見下ろす。
抱きしめて尚わかる、包帯の下の体の細さ。
本当に何も喉に通してないんだろう。
不安そうな顔で雪が無言の問いかけをしてきたが、そこには応えなかった。
「飯、まともに食ってねぇな」
「え?…あ、うん…」
「水は?」
「それくらいなら…」
「ならいい」
「……え?」
固形物は飲み込めなくても、液体ならいけるんだな。
それなら問題ない。
始終不思議そうな顔をしている雪に、顔を寄せる。
目を丸くするだけで逃げる素振りのない唇に、俺の唇を音もなく重ね合わせた。
「…ユ…?」
ぱちりと目を瞬いて、不思議そうに顔を下げた雪が唇を離して問いかけてくる。
「どうし──」
その言葉を聞き終える前に、もう一度距離を詰めて唇を塞いだ。