第42章 ファウル
まだ大騒ぎする心臓に手を当てて、結は逃げこんだシャワー室の中で膝を抱えて座りこんだ。
ただのイタズラだと笑い飛ばす余裕は、今の自分にはなかった。
「ふ……う、っ」
この感情をなんと呼んだらいいのだろう。
カチカチと奥歯がなり、手が震える。
指先の感覚はほとんどなかった。
頬がぐっしょりと濡れているのは、プールに頭から潜ったからではない、はずだ。
「……結」
ヒタと近づく足音から逃げるように、結は両手で耳を塞いだ。
「ごめん。オレ、ちょっと驚かせようと思っただけで……そんなにびっくりさせるつもりはなかったんスよ。ほんと……ゴメン」
「来ないで……お願い。今は、まだ……」
震える声が届いているのか、いないのか。
目を閉じていても、耳を塞いでいても、確実に近づいてくる気配に、結はふらりと立ち上がってシャワーを手に取ると一気にハンドルを捻った。
勢いよくふきだす水が、黄瀬の顔面を直撃。
「わっ!」
「来ないでって言ってるじゃないですか!黄瀬さんの馬鹿!も、キライ……っ!」
「悪かったってば!ちょっ、結、話を聞いて……わ、ぷっ」
心臓が止まるかと思った。
青白い顔を思い出しただけで、気道が塞がれたように息苦しい。
「落ち着いて!滑って怪我でもしたらどーすんの!とりあえずシャワーから手離して……って、コラ!」
暴れる腕を掴まれて、もう一方の腕で抱きよせられた胸の中、結は握りしめた拳で黄瀬の胸を打ちつけた。
「怖かったんだから!」
ビクンと肩を震わせた黄瀬が、さらに腕の力を強めたことも気付かずに、何度も拳を叩きつける。
「……結」
「怖かった……もし、黄瀬さんが……」
その言葉を口にすることさえ躊躇われる。
もし
彼がいなくなったら
「オレはここにいるから」
「……っ」
凛と響く声に、張りつめていた緊張の糸がプツリと切れる。
胸を覆っていた恐怖心を振り払うように、結は目の前の身体をありったけの力で抱きしめた。