第42章 ファウル
それは、黄瀬のちょっとしたイタズラ心だった。
必死になって身体を引き上げようとする結の姿を、薄く開けた目で観察しながら「あぁ、オレ愛されてるんスね」と喜びを噛みしめる。
無事に浮上した水面で、「黄瀬さん!!大丈夫ですか!?や、だ……どうしよ」とめずらしく冷静さを欠いた彼女が、勘違いしたままフロントに電話をかけてしまう前にと、黄瀬はパチリと目を開けて「ビックリした?」とネタばらし。
「……え、っ……?」
息を切らせる結の額に、チュッと謝罪のキスを落とす。
「そんなあわてちゃって……可愛いっスね。ホントはマウストゥマウスの人工呼吸とか期待してたんスけど……て、アレ……?」
大きく見開かれたふたつの瞳から、こぼれ落ちる一筋の涙。
その時になって黄瀬は、おふざけが過ぎたことをようやく悟った。
「え、っと……ちょっと悪ふざけが過ぎたっスか?ごめ……うわっ!」
投げつけられて咄嗟に手で弾いた浮き輪が、水面に波紋を起こす。
呆気に取られている間に、プールからあがって逃げ出す背中を、黄瀬はあわてて追いかけた。