第42章 ファウル
それは、静かに過ぎようとしている夏の、楽しい思い出になるはずだった。
事の発端は、事務所のマネージャーのひと言だった。
『急なんだけど、もし予定が合えばコレどうかな?』
仕事終わりに差し出されたのは、来年から撮影場所を提供してもらうことになったという、ホテルのプールの招待券。
『プールっスか。う〜ん、でも、どーかな……』
恋人の水着姿を思い浮かべて目を輝かせた黄瀬は、すぐに渋い顔で首を捻った。
『二時間だけど貸し切りだし、友達や部活のみんなと楽しむのもよし、彼女と人目を気にせず遊ぶのもよし、好きに使っ……』
『行く!行くっス!有り難く使わせていただきます!』
『はは。分かりやすいな、ホント。ま、どうせ練習ばかりで夏らしいイベントには縁がなかったんだろ?』
羽目を外さない程度にな、と肩を叩くマネージャーに、黄瀬はこぼれんばかりの笑顔を見せた。
迷うことなく後者の案を選択した黄瀬は、あまり気乗りしない結を泣き落として約束を取り付けた。
日曜練のあと、軽く食事を済ませて訪れた都内の一流ホテル。
淡くライトアップされたプールは幻想的で、賑やかなイメージを脱ぎ捨てた大人の空間が漂っていた。
一足先に着替えを済ませ、プールサイドでそわそわと足を揺らしていた黄瀬は、長袖のパーカーをきっちりと着こんで現れた結の姿に目を細めた。
これ見よがしなビキニで谷間を作り、色目を使う女性ならもう厭きるほど見てきた。
「お待たせ、しました」と露出を最大限に控えた姿に一瞬で目を奪われるのは、恋する乙女ならぬ恋する大型犬。
あまり陽に晒されない白い足を隠そうと、上着の裾を引っ張る仕草が、逆にオトコ心をチクチクと刺激する。
「なんかエロい……」
「!?」
羽織っていたパーカーに手をかける気配に喜んだのも束の間、それは黄瀬めがけて宙を舞った。
「うわっ!」
見事なコントロールで駄犬の視界を塞いだ隙に、素早くプールに沈んだ恋人に向かって、黄瀬はキャンキャンと鳴き声をあげた。
「待って、結!ちょ、早いっスよ!一緒に入ろうと思って待ってたのに!」
あわててプールサイドに駆けより、「よっ」と子供のように飛び込んだ身体が立てる水しぶきが、ナイターの照明を受けてキラキラと弾けた。