第40章 ストーリー
「今日は突然押しかけて、本当にすいません」
「謝らないで、結ちゃん。あのコ、よほど悔しかったのね。あんなに作り笑いがヘタな涼太を見るのははじめてだわ。でも……」
平静を装いながら、沈痛な面持ちの黄瀬の母親の言葉に、結は俯きかけていた顔を上げた。
「試合に負けてしまったのは本当に残念だと思うの。でもね、親としては嬉しいことがたくさんあるのよ」
「は、い?」
母として、初めての男の子をこの手に抱いた時の喜びは、今も色褪せることない大切な思い出だ。
すくすくと育つ息子が、退屈そうな横顔を見せるようになったのは、いつの頃からだったろう。
笑顔の下に隠された渇きを、だからどうしてやれるわけもなく、親として人知れず苦悩した時間は長かった。
だからこそ、本気になれるモノに、心を許せるヒトに、彼が巡り会えたことが今はただ嬉しくて。
「負けを負けと受け止めて、今後どう生かすか……それは、勝ち続けることよりも大切なコトだと思うの」
「……は、い。その通りだと……思います」
我が息子ながら、その外見のよさに群がる異性は多かったはずだ。
だが、まさに“病める時も”支えてくれる女性を選んだことをいつか褒めてやりたい。
「涼太のこと……お願いします」
瞬きをしたら涙がこぼれそうなほど瞳を潤ませる息子の恋人に、深々と頭を下げる。
それは、言葉にならない感謝の気持ちの表れだった。