第40章 ストーリー
「じゃ、座ってください」
「……ウン」
鈍い音を立てるベンチにおとなしく腰を下ろした黄瀬の顔は、涙でぐちゃぐちゃに濡れていた。
体裁を取り繕うこともせず無防備な姿をさらす黄瀬が、こんな時なのに抱きしめたくなるほどに愛おしい。
短い前髪を指で払い、涙で濡れた頬を両手で包みこむと、結は赤くなった額に唇を押しあてた。
「ココ、痛いですか?」
「……痛いっス」と甘えるように腰に巻きつく腕をそのままに、乱れた髪を何度も梳く。
「髪もボサボサで……せっかくのイイ男が台無しじゃないですか」
「ハハ。けなされてんのか褒められてんのか……複雑っスね、それ」
「褒めてますよ、一応」
「ひでぇ……」と弱々しく揺れる肩をあやすように撫でて、「はい、じゃ手を見せてくださいね」と黄瀬の身体から離れると、膝の上で固く握りしめられたままの手にそっと触れる。
皮膚が切れて血がにじむ手の甲を、結は持っていたハンカチでそっと拭った。
幸い、傷はそれほど酷くはなかったが、赤く腫れた拳と、血の気の引いた白くて冷たい指先が痛々しい。
温かさを取り戻すように
傷付いたその心を少しでも癒せるように
傷に障らないようにその手を握りしめると、結は傷ついた手の甲にくちづけた。
「……痛いですか?」
頭を横に振る金色の髪がハラハラと靡いて、むき出しの蛍光灯の青白い光を反射するように淡く輝く。
「勝ちたかった……っス」
「黄瀬さん……」
下から見上げてくる瞳から、枯れることのない悔しさが溢れだすのを、結は静かに見守った。
「テッペンからの景色を……結と、海常のみんなで見たかった……ホントに、ゴメン」
ふたたび腰に回る腕に引き寄せられるまま、結は闘い終えた恋人に慈しむようなキスを落とした。
「謝らないでって言ったのに……でも、あの時と同じ、ですね」
「……そーかも」
無理に笑顔を作る黄瀬の目尻に光る涙を唇で吸いとると、続きをせがむように顎をあげる恋人に二度目のキス。
何度も
何度も
触れては離れるそのキスは、血と涙と悔しさが混じり合った、少し悲しい味がした。