第40章 ストーリー
大きく息を吸うと、気持ちを落ち着かせるように呼吸を整える。
重い足を引き摺りながら近付いた扉の前、黄瀬は躊躇いがちにドアノブに手を伸ばした。
錆びた金属音が耳に刺さる。
1cm、2cm、とスローモーションのように開かれる扉の向こう、いつもと変わらない凛とした佇まいに、自然と肩から力が抜けていく。
「ハハ。関係者以外は立ち入り禁止って、あんなに騒いでたくせに」
「ム、人間は日々成長するものなんですよ。知らないんですか」
「へぇ。結はもう、これ以上大きくなりそうにないけどね」
入室を促す手に逆らわず、おずおずと中に足を踏み入れる小さな頭をポンと叩く。
「……悪かったですね。黄瀬さんが無駄に成長しすぎなんですよ。私はフツーです、フツー」
頬を膨らませる子供のような顔に、黄瀬の強ばっていた口許がわずかに綻んだ。
「図星さされたからって、んな怒んないの。大体さ、オレを心配して来てくれたんじゃないんスか?」
「う……そう、でした」
時々頑固で、でも素直で真っ直ぐな声が、傷ついた心に沁み渡る。
だが、泣き腫らした目はすぐに元には戻らない。
「前髪、もう少し長くしとけば良かったかな。そしたら、こんな情けない顔見られずに……済んだのに」
「何言ってるんですか。怒りますよ」
その言葉とは裏腹に、優しくユニフォームに触れてくる小さな手に、黄瀬は自分の手を重ねた。
「……ゴメン」
「もう……ボールを持つ大事な手をこんなにしちゃって」とそっと包みこんでくれる温もりに、黄瀬は自分の額を押しつけた。
「……ゴメン、結」
「怪我の手当て、させてもらえますか?しみても泣かないでくださいよ」
ここが海常の体育館であるかのように、いつもと同じ態度で接してくれる彼女に、新たな涙が頬を伝うのを止めることは出来なかった。
「……ウン。でも……今オレ、ちょっと弱ってるからさ、優しくして……くれる?」
「今だけですよ。だから……だから、もう……謝らないで」
固く繋いだ手にふたり額を寄せ合う。
壁に張りつくロッカーと、ベンチが雑然と置かれた無機質な空間の中、お互いの存在だけが唯一の拠り所のように、ふたつのシルエットは静寂の中でひっそりと寄り添った。