第28章 マーキング
「すぐ着替えるからちょっと待ってて」
「は、い……」
頬を染める恋人をこのまま押し倒してしまいたい衝動と戦いながら、黄瀬は祈るように目を閉じた。
(このままOKが出ますように……頼むよ、オレ!)
蓮二と絡んだ時の撮り直しは、めったにない。
シャツを脱ぐ音に、あわてて顔を背ける彼女に意地悪な問いをひとつ。
「見ないの?オレのナマ着替え」
シャーッという音が聞こえそうなくらい、毛を逆立てる背中で遊びながら私服に着替えた黄瀬は、振動するスマホに目を落として額に手を当てた。
それは、レンから届いた新着メッセージ。
『今日は悪かったな
今から部活だろ?
こっちは大丈夫だから、後はふたりでごゆっくり』
貼りつけられたリンクを開くと、見覚えのあるホテルの予約完了ページ。
「何なんだよ、ったく……」
「だ、大丈夫ですか?」
ガクリと肩を落とす様子を心配して、隣に来た恋人の手を掴むと、黄瀬はふわりと微笑んだ。
その顔は、海常の体育館で先輩達にからかわれた時に見せていた、どこか懐かしい笑顔だった。
「ここ……って」
到着したホテルの一室で、ぽかんと口を開ける彼女の肩を黄瀬はふわりと抱きしめた。
「アレ、覚えてんの?」
ガチガチに緊張していた身体から力が抜けるのを感じて、黄瀬は複雑な表情を浮かべながら、肩ではねる黒髪に指を絡めた。
「もしラブホでも、オレについて来た?ま、そんなマニアックな部屋にはしないつもりだったけど」
「マニアック……?」
怪訝そうな目をする結に、髪を弄んでいた手をピタリと止める。
(おっと、あんま言うと過去の行いを暴露するだけか)
黄瀬は自分の失言をごまかすように、眼下にある彼女の頭のてっぺんに唇を落とした。
「どーする?先にシャワー浴びる?オレ的にはすぐにでもベッドに直行したい気分なんスけど」
「あ、え……っと」
「早く決めないと、ココでひんむくよ」
「う、あ、じゃあシャワーを……シャワーを浴びませんか?」
目をグルグル回す彼女に向かって、黄瀬はニヤリと微笑んだ。
「『浴びませんか?』って、それお誘いだよね」
「ち、違っ」
「うっし!じゃ、行きますか」
「日本語の読解力に難ありっ!」
部屋に響く悲鳴を残しながら、ふたりの姿はバスルームへと吸い込まれていった。