第28章 マーキング
「オレはただ、結が心配なんスよ」
「心配……?」と小首を傾げる恋人に、黄瀬はうっすらと眉を顰めた。
オンナの嫉妬ほど怖いものはない。
興味津々という顔の漆黒の瞳すら、排除したい要因のひとつだ。
(いや、心配と言いつつオレは)
「ま、事情は後で聞くとして、もうこんなトコ来ちゃダメだからね」
独占欲を握りつぶす拳に気づくことなく、素直にコクリと頷く顔が少し赤い。
「アレ?なんか顔赤くないっスか?」
「べ、別に」
ズサササと音を立てて後ずさる姿に、思わず口許が緩む。
分かりやすいリアクションを取る結に近づくと、黄瀬は逃げ道をふさぐように壁に手をついた。
「モデルのオレ見んの初めてだっけ?もしかして、惚れなおした?」
「そんなんじゃ、ない……デス」
「ん?よく聞こえないっスよ」
オロオロと視線を泳がせる彼女を見つめる瞳が、やわらかな弧を描く。
「結。今、どんな顔してるか知ってる?」
指先で耳のカタチをなぞった後、いつものように結ばれた髪をほどき、指に絡めた毛先にくちづけた黄瀬は、小さなつぶやきに耳を疑った。
「カッコイイ……」
「へ」
予想外の言動に慣れてきたと思っていたのは間違いだった。
「でもこんな姿、誰にも見せたくない……かも」
ゆっくりと背中に巻きついてくる細い腕に、黄瀬は大きく吸いこんだ息を、止めた。
バスケ一筋で、なかなか時間が取れずにいたモデルの仕事。
貴重なオフを使って、久しぶりの仕事を引き受けた理由は彼女には絶対に内緒だが、こんな美味しいシチュエーションは予想外だ。
「……結」
「なんか、いい香り……心配なのは黄瀬さんじゃないですか」
移り香を感知したらしい不満げな声が胸にしみる。
ニヤける口許を隠すように、さわやかに香る黒髪に黄瀬は鼻をすりよせた。
(ヤキモチ妬く結、あぁ……たまんねー)
「オレは結だけのモノだっていつも言ってんのに。心配なら自分で確かめてみる?」
「……みる」
「ぷ。ナニ、その返事」
ゆるく開いたシャツの胸元に、おずおずと顔をうずめてくる恋人に、くすぐったさを感じていたのはほんの一瞬。
チュッと音を立てる正体がやわらかな唇だと気づき、黄瀬は小さな身体を抱きしめる腕に力を込めた。