第82章 誰が為に鐘は鳴る
「ったく!なんだってんだ…イダ!おまっ噛み付くな!」
「ガルルル…!」
「待てジジ、様子が可笑しいぞ!」
「んなこたぁわかってますよ!どう考えても普通じゃないでしょう噛み付いてくるなんて!」
「あだだだ!?」
「シィフー!何してるの!」
「!?」
押さえ付けていた男が今度はジジに牙を剥く。
明らかに様子が可笑しい警備班をバクが取り押さえようとすると、後方で騒ぎが起きた。
振り返れば、シィフが男と同じ様に李桂を襲っているではないか。
その姿にバクは仰天した。
「な、なんだ!?気が触れたのかシィフ!」
「…ガル…」
科学班見習いトリオの中で常に冷静な判断を下し、ツッコミ役を担ってきたシィフ。
その口からポタリと垂れたのは、李桂に噛み付いた時に付着したであろう真っ赤な血液。
しかし零れ落ちたのは血だけではない。
男同様、低い獣のような呻り声をバクは確かに聞いた。
「李桂!大丈夫っ?」
「あ、ああ…」
「っいかん!蝋花!二人から離れろ!」
「え?」
その性格とキャラクター故に団員達にからかわれることが多いバクだが、これでも支部の最高責任者。
科学者として培った知力も、戦場で学んだ起点も、持ち合わせている。
その咄嗟の判断が、連鎖するシィフを見て危険性を感じた。
しかし急なバクの支持に蝋花が困惑する合間に、魔の手は伸びてしまった。
「…李桂?」
がしりと李桂の手が蝋花の肩を掴む。
名を呼ぶが、返答はない。
むくりと体を起こし、蝋花の顔に影を落とす。
大口を開けた李桂の牙は、目の前の柔らかな首筋に食い込んだ。
「ぁ…っ!」
「蝋花!くそ…ッ!なんなんだこれは!」
蝋花へと伸ばしたバクの手は虚しく空を切る。
しかし腕は掴まえられた。
「っ!」
蝋花にではない。
強い力でバクの腕を掴んだのは、今し方まで男に襲われていたジジ。
嫌な予感が走る。
バクとて幼い頃から護身術等は習ってきた身。
ジジを倒す力はあったが、可笑しくなったかもわからない仲間に拳を向けていいものか。
義理堅いバクの性格が、一瞬それを躊躇させた。
その一瞬が命取り。
腕へと牙を剥くジジに、バクの予感は当たってしまったのだ。
咄嗟に反射で目を瞑る。
───ドゴッ!
暗い視界の中で聞いたのは、鈍い衝撃音だった。