第82章 誰が為に鐘は鳴る
「こうも静まり返ってると不気味だな…」
広い教団の廊下を進む幾つもの足音。
しかし響くのはジジ達のものだけで、他に人影一つ見当たらない。
「ウォーカーさぁーん!」
「リナリーちゃーん!」
想い人の名を呼ぶ蝋花と李桂の声も、虚しく高く暗い天井に響くだけ。
「一体何があったと言うのだ…」
「バク支部長!」
「なんだ?」
唯一見つけた懐中電灯を一つ。
足元を照らしながら進んでいたジジが不意に止まる。
彼の声に一斉に皆の視線が集まれば、顎を刳って何かを示された。
それは明かりの先。
「これは…!」
照らされた廊下の床に駆け寄ったバクの視線が、鋭く変わる。
床に付着していたのは、真っ赤な血痕だった。
触れてみれば完全に乾き切って時間の経過を物語っている。
「ば、バク支部長…それ、誰かの血っすか?」
「怪我、でもしたのかな…?」
「この血の量を見るところ、並大抵の怪我じゃない。此処は医療病棟じゃないのに、なんだってこんな大量の血痕が…」
「あ!」
ビクビクとバクの後ろから血痕を見つめる李桂と蝋花。
怖がる二人に対して、科学班見習いトリオのシィフは違った。
ビクン!と体を戦慄かせる李桂達の間を縫って飛び出した彼が見つけたものは、
「大丈夫ですか!?」
廊下の隅に倒れている一人の男だった。
警備班の制服を着ているところ、教団の団員であることは間違いない。
シィフに続き駆け寄るバク達に、声を掛けられた団員がよろよろと顔を力なく擡げる。
「しっかり…!何があったんですか!?」
「…ぅ…」
「はい?なんです?」
「…ぁ、ぅぁ…」
衰弱しているのだろうか。
弱々しく何か発しているが、言葉の意味まではわからない。
倒れ込んだまま頭だけ擡げる男に、シィフは耳を寄せた───
「あだッ!?」
「! シィフ!?」
途端に、男の牙がシィフの耳に食らい付いた。
「いいい痛い痛い!」
「がぅうう!」
「ギャー!シィフー!」
「何やってんだお前…!」
「し、し、シィフ!大丈夫っ!?」
「ぅ、うん…」
獣のようにシィフを襲う男を、ジジが慌てて押さえ付ける。
顔を真っ青に駆け寄る李桂と蝋花に、シィフは血が滲んだ耳を庇いながらどうにか頷いてみせた。