第82章 誰が為に鐘は鳴る
「…ぅ…」
「! リーバー班長…!」
不意に眉間に皺を寄せたかと思えば、すぐにリーバーの薄いグレーの瞳は世界を映し出した。
覗き込む南をぼんやりと見たかと思えば、途端に跳ね起きる。
「南…!」
「わっ」
「大丈夫かッ?怪我は!?あいつは…!」
「あいつ?」
慌しい様子で辺りを見渡すリーバーの目が、首を傾げるラビを映す。
と同時にぐっと言葉を呑み込んだ。
「………ラビ?」
「なんさ」
「…本当にラビか?」
「まだ寝惚けてんの?これは現実さ、はんちょ。中庭の洪水に南諸共落下しただろ」
「そう…か。そうだった、な…」
「頭でも打ったんさ?大丈夫か?」
「ああ…大丈夫だ。特に痛むところは───…」
自身を見下ろして体の感覚を再確認する。
そこでリーバーは違和感に気付いた。
「…?」
ぺたりと腹部に触れる。
そこは濡れたシャツにベストの衣類の感触だけ。
他には何も違和感がない。
それが違和感だった。
「………」
「はんちょ?どしたんさ、急に黙って」
「まさか、お腹が痛むんですか?」
「…消えた」
「え?」
「消えたんだ。俺の体にくっ付いていた、あいつがいない」
あいつとは誰か。
問い質さずとも、今度はラビにも理解できていた。
凝視したリーバーの腹部に、見慣れてしまったあの亡霊の頭はない。
試しに腹を叩こうとも服を引っ張ろうとも呼び掛けようとも、ずるりとあの不気味な頭部が現れることはなかった。
「え、まじ?」
サァ、とラビの顔が蒼白く変わる。
「もしかして他の誰かに取り憑いたり…?」
「ま、まさかだろ」
「ないとは言い切れないさ!はんちょ、何処やったんだよあいつ!」
「俺に聞かれたってな…!」
「違うよ」
「え?」
「へ?」
リーバーの襟首を鷲掴んだまま、ラビの肩を押し返したまま、二人の動きが止まる。
その視線の先には、静かに首を振る南がいた。
「長居しないって言ってたから。この世界にはもういないと思う」
「それってどういう…」
「…まさか…」
驚く二人に返されたのは、微かな笑み一つ。
南のその応えで充分だった。