第82章 誰が為に鐘は鳴る
全身ずぶ濡れの状態で、節々に痛みも感じる。
それでも力強い腕の中は、心から安心できた。
それは他でもない、ラビだからこそ感じ得ることができるものだ。
彼の瞳は鏡のような反射ではない。
しかと向き合って視てくれているものだから。
(…彼にも…伝わるといいな)
抱擁の中で、南は静かに目を閉じた。
願わくば哀しみを背負ったかの魂にも、この安息が届きますように。
「そういえば、ラビ…この、炎は…?」
「ああ。周りのゾンビを追っ払う為の防護壁。ゾンビが火を恐れるって仮説は合ってたらしいさ」
「…人でも火は恐れるんじゃないかな。普通」
「喩えみたいなモンさ。喩え」
ふと周りの炎の蛇に目を向ければ、抱擁の腕を解いたラビがいつもの砕けた笑みを向けてくる。
しかし残るぎこちなさは、普段の彼らしい明るさがない。
「体は大丈夫なの?そんなに大技使える体力なんて…」
「は…それよか人の心配より自分の心配しろよ。中庭に飛び下りたってのに。南だって体が───」
「そうだッリーバー班長!」
「オイ。」
「私を追って飛び下りたはず…!ラビ、リーバー班長はッ?」
「はぁ…はんちょなら、あっち」
急に意識は遠退いた。
それでも落下する体を追ってくれたリーバーのことは、朧気な中で伝わっていた。
慌てて思い出した南が辺りを見渡せば、むすりと拗ねながら横目に指差すラビ。
その先に、南達と同様ずぶ濡れの状態で横たわっているリーバーがいた。
「リーバー班長ッ」
「大丈夫さ、はんちょなら。さっき確かめた時、息も鼓動もしっかりしてた」
「ほ、本当に?」
「不安なら自分で確かめてみろって」
ラビに言われるがまま、リーバーの傍に寄り口元に耳を近付ける。
嵐と炎の轟の中でもはっきりと届いた呼吸音に、ほっと南は胸を撫で下ろした。
「よかった…」
最後に憶えているのは、強い光の中で放すまいと抱き締めてくれた大きな腕の感触。
確かにあの時傍に、リーバーの心は存在していた。
心底安堵した表情でリーバーを見つめる南に、ラビは静かに口を閉じた。
ここで小言を向けるような、そんな野暮なことなどする気はない。