第82章 誰が為に鐘は鳴る
「ぞの女は、あの少女ではないぞ。代わりにずるな」
しかし冷たく耳元で響く声は、繋いだ手を否定してくる。
姿は見えないが確かに傍に在る亡霊に、ダグは険しい顔をした。
そんなつもりはない。
しかし否定ができない。
彷徨い見失った居場所を、彼女の下に求めてしまったのかもしれない。
「いいよ、だぐくん」
じっと見上げた少女の声が、優しく響く。
「かえりみちが、わからないんでしょ。みつけるまで、いっしょにいるよ」
確信を突いた訳ではない。
しかし心を読み取るような少女の言葉に、ダグの目が瞬く。
見下ろした幼い瞳は、その奥に深い色を宿していた。
「みつけたら、かえろう。ただいまっていえるばしょ」
「…なんで…」
「いまは、まいごになってるだけだから。まよってるなら、てをつないでいる」
「でも、僕は…帰り方なんて…」
「わからないなら、いっしょにあるくよ。わたしもいつか、いくばしょだから」
戸惑う言葉に返してくる少女の声は、幼い。
幼いが、一つ一つ拾う言葉には生きてきた軌跡が見えた。
姿形は幼くとも、彼女は一人部屋の隅で泣いていた少女ではない。
人の死に幾度も触れては、心に留めて生きてきた女性だ。
「いいのか。ぞいつは怨念の塊だ。いづかお前を食い尽くすがもじれない」
それに亡霊も気付いたのだろう。
静かに問い掛けてくる声に、しかし南は動じなかった。
「そうならないように、そばにいるの。ひとはひとりでいきていくいきものじゃないから」
誰かに縋るのも、頼るのも、悪いことではない。
他人と触れ合うことで、心というものは生まれるのだから。
世界にただ一人の生物であれば、感情というものも生まれはしない。
「本当にいいのか?」
「いいよ」
「…わかっだ。ならぞの魂はお前に託そう。…リーバーに、怒られるがもじれないがな…」
「だいじょうぶだよ。あのひとは、やさしいひとだから」
「…確かに……ぞうだ…」
亡霊の声が、ゆっくりと遠ざかるようにぼやけていく。
ぼそりぼそりと告げる声が、段々と萎んでいくようだった。