第82章 誰が為に鐘は鳴る
最初は腹の底を隠した臭い男だと思っていた。
それでも長い月日を共に過ごすうちに、情に厚いところや命を重んじる性格に気付いた。
ガラス玉のような目をしているからと、それだけでダグが見限らなかったのは、ラビの良さも見えていたからだ。
いつしか、きちんとその隻眼の瞳を向けてくれるだろうと、信じていたからだ。
「俺はラビのガラス玉の眼なんてわからない。でもあいつは、南に対して空っぽの心は向けていない。それだけは、俺が何よりよく知ってる…ッ」
「………」
「南を連れていけば、あいつの眼だけじゃない。その心もただの硝子にしてしまう。コレットを亡くして生まれたお前の苦しみと、同じものを味わわせることになる。それでいいのかっ?」
「…っ」
微かに揺らぐ団栗眼を目にして、リーバーは構えた。
影の渦の中に伸ばした手は、必死に探ろうとも南を捜し出せていない。
後少し、もう一歩、踏み込む為に。
此処で南を失う訳にはいかないのだ。
「そんなに…誰かを呪いたいのなら、俺にしろ」
「リーバー!?お前、何言っでるんだ!」
「理屈じゃないんだろ。それがお前の存在理由なら、俺に取り憑け」
「………本気、なんですか」
「ああ」
真っ直ぐに向ける薄いグレーの瞳。
それは今まで見てきた誰の瞳よりも強く、ダグを見据えていた。
「ただし呪うのは俺が死ぬ間際にしてくれないか。今は忙しいんだ。…支えたい人がいる。その人がどこまでも馬鹿真っ直ぐに進むから、その人の望む道を歩けるように、俺が土台になってやらないといけねぇんだよ」
聖戦の勝利に拘る余り、道徳を無視し腐った思考で、犠牲者を次々と生む負の遺産を造り上げた黒の教団。
犠牲となったのは腹に宿る少女の亡霊だけではない。
目の前のファインダーの彼も、広く見れば教団の犠牲となった者だ。
その名の通り黒い組織の中で、ただ一人、真っ白な心で上を目指している男がいる。
人柱となっているエクソシストだけでなく、団員全員と、組織の為に消えていった命を全て背負う覚悟で、ただひたすらに上を向いている男が。
その姿を支えたいと、男惚れしたのは初めてだった。
迷いなく上を見ていられるように。
心置きなく道を歩めるように。
彼の為ならば、どんな汚れ仕事だってやろうと思えたのだ。