第82章 誰が為に鐘は鳴る

「南が何を言ったか知らないが、勝手にこいつを悲観するな！」

「悲観なんか…言ったでしょう、彼女が望んだことなんです」

「南が自ら死を望んだって言うのか？ふざけるなよ！」



強く掴んだ影を引き離そうとすれば、リーバーの腕に鞭のように撓り絡み付く。
それでもリーバーは止まらなかった。



「本当に南が死んだ家族や友人や仲間を望むなら、お前みたいに死者の魂に縋ってたはずだ。それこそAKUMAにその身を食われてたはずだ。どんなに嘆いても哀しんでも辛くても、南が今まで生きてきたことが全ての証だろ。魂を投げ売る程、こいつは弱くなんかない！」



自分は弱い人間だから、とよく口にしていた。
しかしそんな自分を認めて受け入れて立つことができるのが、彼女の強さなのだ。
腕っ節や力の問題ではない。
心の、人の、芯としての強さを彼女は持っている。
本人が自覚していないだけで、それはエクソシストであるラビや神田も目を止めたものだ。



「可哀想だの、充分頑張っただの、お前の物差しでこいつを量るなよ…！そういう上から見てるお前が一番、こいつを人間扱いしてないじゃねぇか！」

「…違う。僕はちゃんとこの子を見てる。ラビみたいなガラス玉で映してなんかいない…っ」

「本当にこいつのことを心から考えたのか？こいつの心を理解しようと思ったのかよ。自分の顔を見直してこい！」



ギリギリと絡み付く影に皮膚を裂かれながらも、自ら進み出て影の渦に身を沈める。
そうして呑み込まれた南を引き出そうとするリーバーの剣幕に、初めてダグの目が揺らいだ。










　"───…南"










それは、微かな音となって耳に届いた。



「！」

「この声は…」










　"南！おい南…！"










不安の見える声色で、必死に彼女の名を呼ぶ声。
それはリーバーとダグのよく知る者だった。






　"目を醒ませ…！"






感覚が狭まり、段々はっきりと届いてくる。
訴えるような焦り叫ぶ、その声は。



「……ラビ…」



ぽつりと、ダグの口が名を紡いだ。