第82章 誰が為に鐘は鳴る
守りたいものも守るべきものも、しかと理解している。
その為に自分が何をすべきか。
あの燃える第五研究所の前で、南の死を一度覚悟したのだ。
その覚悟を乗り越えた今、動揺の中でも冷静な判断が下せた。
「しっかりッしろさ…!南ッ」
濡れた胸に両手を重ね、心臓マッサージを送る。
人工呼吸と心臓マッサージ。
蘇生術を繰り返せば、やがてこぷりと小さな口から水が吐き出された。
「っ南!」
咄嗟に顔を覗き込む。
しかしお守りのメダルに守られて息を吹き返した、あの時の南とは反応が違った。
咳き込む声はなく、体は指先までぴくりとも動かない。
吐き出した水は頬を流れ、蒼白い顔は生気を失ったまま。
「…南?」
ラビの呼び掛けに、反応はない。
「おい、南って。おい、起きろよッ」
ぴたぴたと頬を叩けど、ぷつりと途切れた人形の如く。
目を醒まさない南の姿に、僅かにラビの声が震えた。
「コムイのこんな阿呆な騒動で死ぬとか冗談じゃねぇからなッタップ達に馬鹿にされるぞ…!」
自然と声が荒くなる。
的確な判断を下せても、不安を殺せる訳ではない。
もし本当に彼女を失ってしまったら。
それは"いつか"来るものとして覚悟はしていても、その"いつか"が今この場でだなんて。
「なぁ…!ヤなこと思い出させんなさ…!」
南の顔の両側に拳を付いて項垂れる。
記憶の奥のそのまた奥にしまい込んだ、それが顔を覗かせた。
救いたくても救えなかった命が在った。
人懐っこい団栗眼の、童顔持ちの若き青年。
"ラビ。君の目はガラス玉みたいだね"
エクソシストとファインダーとして初めて共に任務に就いた、彼の第一声がそれだった。
"僕を映しているけれど、それは反射しているだけで…中には何も届かない"
南とは違う型で、ラビの顔に貼り付けた仮面を見抜いていた。
そんなラビもラビだと認めて包んでくれた南とは違い、痛い程に真っ直ぐな瞳を向けてぶつかってきた。
ダグという名の嘗ての戦友。