第82章 誰が為に鐘は鳴る
妻を失くし絶望に暮れたジェロームは、千年伯爵の甘い誘いに乗ってしまった。
愛する者の名を呼び、その魂をAKUMAへと変えてしまったのだ。
息子セルジュをも食らおうとしたAKUMAは、ダグとコレットにより発見され、ラビの活躍により昇華された。
その最中、恋愛に関しては無頓着なダグが、一心に守りたいと想いを向けたのが少女コレットだった。
病弱な父の為に幼くして借金を持ち、その為、癇癪持ちのセルジュのストレスの捌け口として暴行を受けながらも懸命にメイドとして働いていた。
少女のその借金を肩代わりしてまで、メイドを辞めていつかは共に暮らせたら、と。
たった数日の出来事だったが、確かにダグの想いは本物だった。
人を心から思いやり、信頼し、仁愛できるからこそ。
故に、コレットの死はダグを追い詰めた。
ラビとブックマンが一足先に教団へと戻った、たった一週間の間。
セルジュにより宝石の泥棒扱いをされ、勢い余って絞め殺されてしまった事故のような悲劇。
それはダグの心を引き裂き、奇跡と言う名の悪魔に縋らせた。
払暁の女神が千年伯爵である可能性は、ダグの思考にもあったはずだ。
それでも尚、愛する者により抉られた心はそれ以外で埋めようがなかったのだろう。
女神に縋り、何度も血を吐く思いで彼女の名を叫んだ。
そしてAKUMAと成ったコレットに殺され、その遺体をAKUMAの皮として利用されたのだ。
「正しくは僕ではなくコレットを、ですが」
「…それは…お前が、AKUMAを造り上げてしまったからだ…ラビはやるべきことを、やっただけだ」
「そうですね」
ダグの皮を被ったAKUMAは、黒の教団へと一人赴いた。
たった一週間の間に何十人もの人を殺し、レベル2にまで成り上がった姿で。
滅べ、と何度も呪いの言葉のように口にしていたAKUMAに、一人で立ち向かい魂の浄化を成し遂げたのはラビだった。
馬鹿な奴だと何度も呟いては、その目に涙を浮かべて。
身を引き裂く思いで、ラビが昇華したのはコレットの魂。
「だから僕は"ここ"にいるんです。僕の体はコレットに食われて朽ちてしまったけれど、魂は"あの時"のまま…あの日の絶望と憎悪を抱いたままなんです」
とてもそうは見えない静かな顔で、ダグは告げた。
成仏など出来ない心が、怨念のように張り付いているのだと。
