第82章 誰が為に鐘は鳴る
「───可哀想に」
声がした。
目の前の幼き少女のものでも、腹部に宿った亡霊のものでもない。
届いた声は、ざわめく黒い影が宿る、白衣の奥から。
「相手は小さな子供なんです」
禍々しい程にざわめく影とは相反し、届く声は穏やかな音。
ごぽりと濁った音を立てながらも、やがては一人の男の声と変わった。
同時に南の目と口を覆っていた黒い影が、白い肌の手と化す。
骨張った男のものと思われる手。
「お前は誰だ…!」
鋭い声で問い掛けるリーバーに、ずるりとそれは白衣の下から姿を現した。
黒い癖っ気の髪。
団栗眼の瞳。
身長は160cm程しかない小柄な体。
幼さが垣間見える童顔。
そしてその身に纏っているのは、黒の教団の者なら誰しもがよく知っているもの。
白いフードに白いマント。
エクソシストが身に付けているローズクロスとは異なる、教団の者だと示す紋章を胸に付けて。
「お前、は…」
リーバーの目が驚きで満ちる。
見開いたグレーの瞳に映し出された姿。
それは一人のファインダーの姿だった。
「あまり苛めないであげて下さい」
その口から発せられる声は、穏やかな青年のもの。
薄らと口元に微かな笑みを浮かべる表情は、清廉な表情に見える。
「なんで…」
「どうじた、リーバーっ」
腹部から問い掛ける亡霊の声も、耳に入ってこない。
目の前の青年を見開いた目で捉えたまま、リーバーは舌の根が渇くのを感じた。
見覚えがあった。
知っていた。
嘗て共に教団の手足となり働いていた者だ。
何故同じ班ではない、ファインダーである彼のことを憶えていたのか。
そこには然るべき理由があった。
「なんで…お前が、此処にいるんだ」
それは、彼の死に様が余りにも酷いものだったからだ。
「───ダグ」