第82章 誰が為に鐘は鳴る
「…おかあさんは、おかあさんだもん…みなみ、みたもん…」
「母親"だった"んだ。今は違う。だからもう呼ぶな」
「っ…なんで…そんなこと、いうの…?」
「言っただろう、お前が大切なんだ。AKUMAなんて呼び寄せたら、お前も食べられてしまう」
「おばけがたべるのは、さみしがってるひとだけだもん…みなみ、おかあさんがそばにいたらさみしくない」
「駄目だ…ッ見たんだろう?AKUMAが人を食らうところを。そんなことされて人が生きていられるはずがない…ッ」
ただでさえ小さな灯火である少女の命。
AKUMAの手に掛かれば、ひと握りで潰されてしまう。
必死に説得しようと自然と荒ぶるリーバーの声に、南は震える足で一歩後退った。
「おかあさ、は…おかあさん、だもん…わるく、いわないで…っ」
「っ…ああ、お前の母親は悪くない。ただ、少しだけ…心が弱かっただけだ」
「…よわかったら、いけないの…?」
震える少女の声に、影が差した。
「おかあさんが、おとうさんのことでなくのは、わるいこと?」
「…違う。それは、」
「おかあさんはわるくないよ。さみしいってないただけだもん。わるいのは、おばけでしょ…っ」
「南…」
「なんで、みんなをつれてくの…っなんで、かなしんだらだめなの…っひぃちゃんもこーくんもあおちゃんも、なんにもわるいことなんてしてないのに…!」
拙い声で木霊する叫びは、刃物のようにリーバーの心に突き刺さる。
泣き声が混じる叫びは、どれも正論だ。
ただ一つ言うなれば、彼女の生まれた国が不運だっただけ。
そんな残酷なまでの現実でしかない。
「なんで、みんなをいじめるの…ッ!」
「っ…」
後退る南の体に、言葉の代わり手を伸ばす。
リーバーの手が届く前に、その小さな体に被せていた白衣が揺れた。
めきりと、白衣の背が伸びる。
羽織らせている少女の体よりも長く歪に。
「なん───」
一体なんなのか。
リーバーの見開く目に、"それ"は映し出された。
白衣の下から溢れるように顔を覗かせたのは、黒く歪な物体だった。
ぞわぞわと小さな少女の体を覆い、幼い目と口を覆うように塞ぐ。
波打つ奇妙な黒い影が、やがて形を成したのは人の手のようなものだった。