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科学班の恋【D.Gray-man】

第82章 誰が為に鐘は鳴る



その姿は見覚えがあった。
姿形は違えど、一度だけ目にしたことがある。



(これが、南の泣かない理由か…)



教団で仲間の怪我や死亡報告を受ける度、自身が切り付けられたかのように顔を歪めていた南。
それでも新人時代から、そのことで一つも涙を見せたことがない。
涙よりも、無事であった者達を迎える笑顔の方が彼女は多くて。

それでも一度だけ見つけてしまったことがあった。
あれはブックマンとラビが、初めて黒の教団へと訪れた前日。
AKUMAによる大量の団員達の死に嘆く暇もなく、事後処理に追われていた、その深夜。
ようやく一息付けると科学班の皆が研究室や仮眠室で遠慮なく潰れる中に、南の姿はなかった。

一人でまだ仕事をしているのではないかと、なんとなしに気に掛けたリーバーがその姿を見つけたのは、研究室裏の非常階段だった。
誰もいない暗がりの隅で一人、屈み込んだまま。
南は膝に顔を埋めて、声を殺していた。
涙声は一つも漏らさず、目から零れ落ちる透明な真珠も、押し付けた白衣で吸い込んでいく。

静かな涙だった。
その時リーバーは初めて、彼女は泣けないのではなく泣かないのだと知ったのだ。

零す涙も弱い心も持っている。
ただそれを簡単に周りに曝そうとしない。
それでもタップの死を前にぼろぼろと溢していた弾けるようなあの涙は、正に南の叫びだった。



「かなしくない…さみしくない、から…あっち、いって…」

「それは無理だな」



目元を片腕で覆ったまま、弱々しく手を払う南に、リーバーは静かに首を横に振った。



「そんな姿見たら尚更、放っておけない」

「っやだ…みなみは、たべても、おいしくないもんッ」

「そうだな、美味くはないだろうな」

「じゃあこないで…っ」

「嫌だ」

「なん…っ」

「南」



机の下に手を伸ばす。
触れはせずに、促すように掌を向けて。



「俺はお化けじゃない。お前を食べたりしない。だからそんな所で一人で我慢なんてするな」



腕で覆った顔は上がらない。
それでもリーバーは呼びかけた。



「心だけで泣くな」

「───っ」



ぴたりと、南の悲鳴が止まる。
何処かで聞いたことのある言葉だった。

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