第82章 誰が為に鐘は鳴る
(食べる?)
そう、確かに少女は言った。
「そんなことする訳ないだろう。お前を食ったりするもんか」
当たり前のことだと否定するリーバーに、しかし少女の顔は強張ったまま。
「っ…じゃあ、なんで、ひぃちゃんたちをたべたの…っ」
震える声で、投げ掛けた。
「おばけ、でしょ…ひぃちゃんとこーくんとあおちゃんをたべたおばけ…っ」
「お化けって」
「…亡霊は人を食べたりじないぞ」
「わかってるからお前は出るなっ」
ぼそりと不服そうに唸る亡霊を押さえ込んで、考える。
震える声で叫ぶ南が、嘘を言っているようには思えない。
しかし相手は幼い子供だ、何かと取り違えている可能性もある。
「こっちにこないで…っみなみはさみしくないッ」
「…どうしてそう思うんだ?」
「だって…っさみしくて、ないてたら、おばけがくる」
荒立っている相手に何かと急かすのは逆効果でしかない。
ゆっくりと慎重に、言葉を選んで問い掛けるリーバーに、南は大きな瞳を震わせた。
「さみしくて、ないたから…ひとりはいやって、いったから…ひぃちゃんもこーくんもあおちゃんも…みんな、たべられた……おかあさん、も…」
「…お母さん、いないのか?」
「っ…おとうさんを、ずっと、よんでたの…おとうさん、おかあさんをおいて、とおくにいっちゃったから…さみしいって、ないてた…いつも…」
大きな瞳に、ふるりと透明な真珠が浮かび上がる。
「みなみが、おかあさん、えがおにできなかったから…おかあさ…おばけ、に…っ」
みるみるうちに大きくなる涙の粒が、重さに耐えきれず白い肌を滑り落ちた。
その時になって、自分の涙に気付いたのだろう。
はっとした南が強く唇を噛む。
ぎゅっと下唇を噛み締めて、強く自身の目を擦った。
「みなみはさみしくない…っおかあさんも、ひぃちゃんも、こーくんも、あおちゃんも……おとうさんも、みんな、いなくても、なかないもん…」
萎んだ声を震わせたまま、それでも少女は嗚咽を漏らさなかった。
痛い程に唇を噛み締めて、泣くまいと涙を堪える。
静寂な暗い部屋に、涙声は一つも響かない。