第82章 誰が為に鐘は鳴る
「みーっつ。よーっつ」
暗がりから聞こえてくる、か細い声。
拙い響きの残る、幼き少女のような声だった。
「いつーつ。むーっつ」
リーバーには聞き覚えのない声。
なのに何故か、何処かで聞いたことがあるような気もする。
「ななーつ。やーっつ」
(この声…)
しかしリーバーの気を止めたのは、声の懐かしさではなかった。
「ここのーつ。とぉー」
目を凝らせば、段々と輪郭を帯びてくる。
部屋の隅で、壁に向かって蹲っている小さな人影。
「もーいいかーい」
見知らぬ少女だった。
撫子色の薄い着物に、飴色の小さな帯。
異国の服を見に纏った少女が、部屋に背を向け顔を両手で隠している。
「もぉーいーかーぃ」
呼び掛ける声は、一体誰に向けてなのか。
それよりも、リーバーの気を止めていたのはただ一つ。
彼女の発する"言葉"。
「…日本」
「なんだ?」
「この声、日本語だ」
久々に聞いた異国の言葉に、思い出すのに時間が掛かってしまった。
「ニホンゴ?なんだぞれは」
「アジアの島国の言葉だ。半ば鎖国状態の国だから、知らなくても無理はないと思うが…」
黒の教団でもその言語を使う者などいない。
それでもリーバーが知っていたのは、仕事の専門分野で言語学を担っていたからだ。
そして使う者などいないが、使える者がいることは知っていた。
ただ一人、生粋の日本人である彼女だけが。
「もぉ…いい、かーぃ…」
何度も呼び掛けていた少女の声が、不意に萎む。
呼び掛けても応えがないことへの不安なのだろか。
小さな肩は、微かに震えているようにも見えた。
すん、と鼻を啜るような音。
「も、もういいぞっ」
気付けばリーバーはその呼び掛けに応えていた。
そしてその声は、どうやら少女に届いたらしい。
ぱっと、両手を離した顔が上がり振り返る。
ふわりと舞う黒い髪。
同じに暗い色を宿した瞳。
白い肌だが、白人とは違う黄色人種の肌。
(───あ)
身に纏う物も、携えた雰囲気も、違っていた。
しかしその幼き少女には見覚えがあった。
「……南?」
以前コムイの薬で体を幼児化されてしまった時と同じ、彼女の顔をしていたからだ。