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科学班の恋【D.Gray-man】

第82章 誰が為に鐘は鳴る



覗き込めば、底など見えない深い穴。
剥き出しのパイプが牙を剥いているようにも見える。



「…これは憶えがある」



壊滅した咽返る臭いの充満した空間。
それはリーバーの体にも染み付いているものだった。
半ば闇と同化してる為、最初は何かわからなかった。
しかし確かに目にしたものだ。

あれは、担架で運び出されながら、薄れた視界で捉えたもの。



「レベル4のAKUMAに襲われた、第五研究所だ」



忘れもしない。
初めて目の当たりにした、天使のようなAKUMA。
それが叩き付けたたった一つの拳で、第五研究所の床は壊滅した。
巨大なクレーターのような穴を開け、全てを火の海と化して飲み込んだ。

散乱した瓦礫も、剥き出しのコンクリートも、AKUMAの手によって生み出されたものだ。



(やっぱり、南にとって…)



それだけあの出来事が、南の心に強烈に残されている証拠なのだろう。
ぐっと拳を握りしめると、暗い闇の穴をリーバーは見下ろした。



「…此処は現実じゃないんだろ?」

「ああ、ぞうだ」

「なら死なないよな」

「どういう意味だ?」

「此処から落ちても」



腹部から覗く亡霊の目が見上げてくる。
その目を見返すこともないまま、リーバーはじっと闇の中を見つめた。

光などない。
無音無風の穴の中は、まるで何もかも飲み込む巨大な口のようだ。
だからこそリーバーには物語っているように思えた。



「南は、この底にいる」



誰にも見せずに抱えていた黒い自身の気持ちを、ここまで膨らませたのは南自身だ。
深い深い地の底まで潜り込んで、誰にも悟らせなかった。
それでもあの嵐の中でリーバーに向かって吐き出したのは、こうして巨大な空洞をこじ開けたからなのかもしれない。



「わだじは女への"道"は作れでも、捜し出ずのはリーバーにじか出来ない。お前の決断に任ぜる」

「…わかった」



すぅ、と深呼吸。
穴の縁に立てば、到底夢とは思えないリアルな錯覚に陥る。
飲み込まんとする巨大な口のような深い闇の穴は、流石に飛び込むのを躊躇させる。
それでも他に選択肢などなかった。



「待ってろよ、南」



助走を付けることもなく、静かに告げるとリーバーは闇の中へと身を投げ出した。

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