第82章 誰が為に鐘は鳴る
「言えよ、秘密にしておいてやるから」
「…誰にも言いませんか?」
「ああ、約束だ」
笑って頷けば、口元を隠していた布団がゆっくりと下がる。
迷うように視線を彷徨わせながら、やがて南の目は天井で止まった。
「…凄い人なんです」
ぽつりと静かに語り出した。
天井を見つめる目は、誰を思い出しているのか。
「他人に厳しいけれど、それ以上に自分に厳しくて。怖い時もあるけれど、言うことにはいつも筋が通っていて。上の人も下の人も、他の職場の人にも目を掛ける技量があって」
"つまりは、すごぶる器用で不器用なんだよ。彼は"
"はぁ…器用なのに不器用なんですか?"
"そうそう。それなりの腕と頭があるから、なんでも背負っちゃうんだよねー。人を育てるのは上手いのに、自分を育てるのが下手と言うか。いっつも貧乏クジを引いてしまう人間っているだろう?無意識にその類の人間になっちゃってるんだよねぇ、彼"
コムイに強制連行された日。
延々とリナリーの話をしながらも、同時にコムイは宣言通りに南の仕事の話にも触れた。
南の中でまだ苦手意識が残っていたことを見破ったのだろう、そんなリーバーのことをコムイは可愛い部下だと笑ったのだ。
「器用で不器用な人。私はまだその人のことを計りきれていないけれど、きっと、感情深い人なんだろうって思いました」
でなければ、上司にも部下にもこれ程までに慕われているはずがない。
エクソシストや他科学班以外の職場からも、何かとリーバーを頼り声を掛けていく者は多い。
最初こそ不思議でならなかったが、コムイと酒を交えたあの日以来、少しずつ南の中でリーバーを見る目に変化は表れた。
知らなかったのではなく、気付いていなかっただけ。
最初からリーバーの姿は揺らぐことなく、確かに南の中に在ったのだ。