第82章 誰が為に鐘は鳴る
「これはタップの仕事だろ」
「あ、はい」
「なんで自分の仕事を後回しにしてこっちの処理してんだ」
「…明日が締切の分だったので…」
書類を手に取ってみれば、確かに明日中にリーバーの印を貰わなければいけない内容だった。
把握が足りていなかった自分の失態にも眉を寄せつつ、リーバーは溜息をついた。
「やるなとは言わねぇが、上手く回せないと思ったら他の奴を頼れ」
「………」
「返事は」
「は、はい」
言葉を濁す南の心境は、なんとなく理解していた。
マービンも言っていたが、南は根は真面目で同期を心底按ずる優しさも持つ。
タップとジョニーがいない今、此処にいるのは全員目上の立場の研究員。
仕事も南より専門的なことを量も質も高くこなしている。
そんな彼らに雑用を押し付けられないとでも思っているのだろう。
「南」
「はい」
「仕事が出来る人間ってのは、量をこなせる奴のことじゃない。如何に事態を把握して仕事を回せるか、それが出来る人間のことだ。誰だって一人でやるには限界がある。その時どれだけ他人を信頼できるか、そういう人間になれ」
「…はい」
「じゃあもう帰って寝ろ。この棚卸しは俺がやっとく」
「! い、いえっ班長の手を煩わせるのは…っ」
「今俺が言った言葉を忘れたのか?他人を信頼しろ」
「でも…っ」
棚卸し表を取り上げようとすれば、細い南の手がリーバーの腕を掴む。
煩わせる、なんて言葉が出るのは他人に心を許していない証拠だ。
そう忠告しようとリーバーが言葉を続けようとした時だった。
「班長も、一人で沢山仕事を捌いてるのに…っ誰よりも量をこなしているのは、紛れもない班長です。その手を煩わせる訳にはいきませんっ」
はっきりと述べる南のその言葉に、リーバーの口は止まってしまった。
それは南の気遣いや心持ちに胸を打たれたなどと、甘いものではなかった。
「それは私が後少し時間を貰えれば処理できるものなので。一人でこなしてみせます」
頑として譲らない不眠不休でどんよりと濁った南の目は、見覚えがある気がして。
しかし何処で見たものだったのか、リーバーは思い出すことができなかった。