第82章 誰が為に鐘は鳴る
「ロブ。ジョニーを医務室に連れていけ」
「あ。はい」
「薬品の整理は南、お前がやれ」
「…はい」
「ごめん、南…」
「ううん、大丈夫。それよりジョニーはしっかり休んで」
テキパキと支持を向けるリーバーに、発言もできぬままロブに連れられ研究所を後にするジョニー。
その姿を確認したリーバーが、仕切り直しとばかりにパンと手を叩く。
「さぁ仕事の続きだ」
その一言で再び稼働を始める科学班内だったが、南の足は床に転がった薬品物へと向かなかった。
じっと不安げな目で、ジョニーが出ていった扉を見つめている。
「其処に突っ立ってたって戻ってくる訳じゃないんだ。お前も仕事に戻れ」
「………」
「おい南。心配するなら後にしろ」
「…か…」
ぽそりと零れた彼女の言葉は、リーバーの耳に届かなかった。
何かと意味を問う前に、上がった南の目が薄いグレーの瞳と重なる。
「心配したら、駄目なんですか」
「今は仕事中だ。それにあいつの反省になりゃしない」
「仕事中なら、必要ないものなんですか?ジョニーは、反省してます」
意外な言葉だった。
跳ね返されるとは思っていなかった言葉の返しに、リーバーの口が閉じる。
同期として残った彼ら三人の結束が強いことは知っていた。
しかし静かながらはっきりと言い切る南は、先程ジョニーを援護していた姿とは違う。
真っ直ぐに見上げてくる黒い目は、一時足りとも逸らされない。
一瞬、その黒い闇に呑まれるような気がした。
しかしそれもほんの一瞬。
沈黙を作るリーバーに状況を悟ったのか、南が慌てて頭を下げることで場の空気は稼働した。
「す、すみません…っ仕事に戻ります!」
慌てて薬品へと向かう南は、いつもの見慣れた真面目な彼女だ。
その背中に何か声を掛けようにも、何も言葉が思いつかない。
手持ち無沙汰に後頭部を掻くと、リーバーもまた自分のデスクへと戻った。
「おー、おかえり。鬼班長さんよ」
「…なんだそのニヤケ顔」
其処で待っていたのは、にまにまと笑顔を浮かべる元先輩であるジジ。
彼がそんな表情をする時は、いつも面倒な絡みに合っていた気がする。
嫌な笑顔だ。