第82章 誰が為に鐘は鳴る
「んっだよ、冷てぇなァ。もう俺はお払い箱ってか?泣けてくるぜ」
「そんなんじゃねぇよ、ただ───」
「失礼しまーす!」
どう目の前の人物を研究室から追い出すかリーバーが考えあぐねていると、突然響いたのは明るい声。
聞いたことのない声にジジの目も、勢いよく開いた研究室の扉へと向く。
「おいおい、此処はもうお前らの職場なんだから。失礼しなくていいだろ」
「そうっスか?すんません!」
「いつも威勢がいいなぁ、お前はよぉ」
「で、例の書類は?」
「あ、ハイ。これ、ですよね」
「そうそう。…大丈夫かい?」
「へ、へっちゃらです…!」
入ってきたのはどうやら真新しい顔の研究員らしい。
笑いながら出迎えるマービンに愛想よく返しているのは、ぽこりと張り出た腹が印象的なふくよかな男。
目元が隠れる程深く被ったニットに、ちょこんと頭上から飛び出す茶色の毛。
その隣では、ひょろりと細い体の小柄な男がロブへと書類を手渡している。
両手で抱えた書類の重みに筋力が追い付いていないらしく、よろける体は頼りない。
分厚い丸眼鏡に癖の強い縮れ毛を一つに束ねた、こちらも若い男だ。
「おー、来た来た。あれが新しく入った連中か?」
「…ジジ…お前まさか…」
「同じ科学班、お前の部下なら俺の部下でもあるだろ。ちょっくら先輩として挨拶しとくかと思って。…で、何処だ?」
目上に掌を翳しながら、他科学班に揉まれる新人へと目を向ける。
そのジジの顔には満面の笑みが浮かんでいた。
「例の女研究員はよ!」
「……やっぱりか」
弾むジジの声とは裏腹に、リーバーの顔がげんなりと曇る。
仕事は酷だが研究者にとって恵まれた環境であるこの黒の教団科学班に、女性の研究者が就職してきたことは何も今回が初めてではない。
しかし仕事内容も膨大でサービス残業は当たり前、家に帰ることもできず科学班の男と雑魚寝をこなし何かと絡みにも付き合わなければならない。
フランクと言えば聞こえはいいが、セクハラと捉える女性も少なくない。
おまけに命の危機も訪れる職場だ。
よって就職した女性が数週間も経たず離職していくのは見慣れた光景だった。
それが今回この科学班に配属された新人女性研究員は、見事一ヶ月乗り切ったと言う。
更には謎多き国、日本出身と言うのだから注目も浴びるもの。
